カテゴリー: 落書き

秘密よ美しく眠れ(ヴィネジュ)

ヴィネジュ前提ですがくっついておらず、ヴィル様は全ネームドキャラと無関係な養子を育てていてネージュくんには感情を告げることなく疎遠になっている話です。
同じ設定のヴィルさま非恋愛夢

 物心つくかつかないかの時から父は私をスクリーンの前に連れていってくれた。最初こそろくに座席に座っていられないような幼児向けの映画からはじめたけれど(あのヴィル・シェーンハイトが真面目な姿勢で幼児向け映画を観ていたのだ!)、私が黙って座っていられるようになるとすぐに対象年齢を上げていった。私に少しだけ背伸びをさせるような、その時には話の内容がわからなくても後々「こういうことだったのか」とわかるようなチョイスが多かったように思う。その頃の私はただただ映像や音楽を楽しんでいた。

 座高を調節するクッションの上で、色々な映画を観た。レッサーパンダの母娘の衝突を描いた映画。画面いっぱいの赤色と、フワフワした毛並みのぶつかり合いが美しかった。人魚の少年たちの夏の思い出を描いた映画。揺蕩う海の青色、海辺の町並み、雨と悲しみ。なかでも幼児期の私の心に強く焼き付けられたのは、生と死の世界を表現した映画だった。死に行く人々を数えている仕事熱心な会計係と、これから産まれる人々を導く優しいカウンセラーたちの話なのだと理解したのはずっと後のことで。その時の私は、イマジネーション豊かに表現された世界と、それを彩る音楽に夢中になっていた。

 けれどこの映画を観に行った時のことをよく覚えているのは、単にこの映画が素晴らしかったからじゃない。ぐす、とスクリーンの外、すぐ隣の座席から普段は聴こえない音がしたからだ。

(ダッド、泣いているの?)

 ひそひそ声で訊ねそうになったが、以前それをして怒られたのでやめた。画面の中ではカウンセラーが慈愛に満ちた優しい声で、生まれ出る魂をあやしていた。優しい、男性の声だった。大人も泣くんだ、ダッドも泣くんだ、と私はその時初めて知ったのだ。

「ダッド、このえーが、かなしかった?」

 映画が終わったあと、メイクを直す父に我慢できず質問をする。父はそうね、と目の下にプレストパウダーを当てながら思案していた。

「難しい題材だったと思うわ。一歩間違えれば説教くさくなりかねない。でもこの映画には上っ面じゃなく人の心の奥を揺さぶるだけの力があるのは確か」

 そういうことじゃない、と子供心に思ったけれど、当時の私にはそれを言語化して切り込む力がなく、少しの違和感を抱えているしかなかった。映画が終わって、父はもういつもの父に戻っていた。だがあの時の涙はおそらくもっと個人的な、“ヴィル・シェーンハイト”としてのものだったのではないか。

「アンタが喋り出すよりも先にアタシの感想を聞きたがるなんて、珍しいじゃない。アンタはどう? 難しいお話だったけど、楽しめた?」

「よくわかんなかった。でも、もっかいみたい」

 その映画は、私にとって人生で何度も見返す映画になった。何度あのシーンに至っても、自宅では父が表情を崩すところはついぞ見られなかった。成長して、映画館の暗がりで聴いた幻聴だったのかもしれない、と思い始めた頃。あのカウンセラーの声を演じていたのがネージュ・リュヴァンシェだとたまたま知った。早くに芸能界を引退してしまったその俳優の写真を検索しても、若い頃のものしか出てこない。あの映画に出たのだって、頼み込まれて特別に、ということだった。一目見れば忘れられないほど愛らしいかんばせに、私は一枚の写真を思い出す。インターネットに出回っている引退間際のものより少し年齢を重ねたその笑顔を、私は一枚のツーショット写真で見たことがあった。人一人分ほどの距離を空けて一緒に写っているのは父で、お馴染みの呆れ顔で腕を組んでいた。父が撮影で家を空けている時にチェストの底から偶然見つけてしまった古い写真。あの写真の美しい人の名はネージュ・リュヴァンシェというのか。もう一度写真が見たくなって、私はチェストの引き出しをひっぱった。けれど納められている洋服を全て取り除いても、そこに写真はなかった。

「何を探しているの?」

「ダッド」

 そっと投げ掛けられる声。部屋の戸口で父がこちらを見つめていた。

「今度の新作で、服を踊らせたいの。柔らかすぎるより、ちょっと固い生地の服がいいんだけど」

「——あら、そう」

 制作しているストップモーションアニメーションを口実にすると、父は「これがいいんじゃないかしら」と何でもないような声で一枚のシャツを私に手渡した。

「……ねえ、ダッド」

「……シッ」

 父が美しい眉をひそめて、人差し指を立てる。

「秘密よ。何を訊かれても、答えたくないわ」

 父は私に多くのことを教えてくれた。今教えてくれているのは、『秘密を持つこと』だった。

「そういうこともあるの。わかってちょうだい」

 そういうと父は、穏やかに微笑んだ。それは、掴むことはできない小鳥の歌声や、手のひらで溶けていく雪のような、けして手に入らない美しいものを諦めるときの。儚い笑みだった。

『文体の舵をとれ』練習問題p73(トレリド子育て時空OCによる語り)

練習問題③長短どちらも
問1:一段落(200~300文字)の語りを、十五字前後の文を並べて執筆すること。不完全な断片文は使用不可。各文には主語(主部)と述語(述部)が必須。
(『文体の舵をとれ』アーシュラ・K・ル=グウィン p73より引用)

この時空のトレリドです。


部屋にはエディスだけだった。僕は確かに話し声を聞いたのに。妹は「妖精と話してたの」と笑った。僕は「そうなんだ」と信じられなかった。当然、妖精族はツイステッドワンダーランドのあちこちにいる。エースさんは妖精の女王に手品を見せたことがあるらしい。僕もその話を聞いたことがある。それでも鈴の音は僕の耳には聞こえなかった。妖精たちは僕に姿を見せてはくれなかった。鈴の声の妖精たちは人間の常識の外側の存在だ。そうした存在に、僕は馴染むことができなかった。僕が妖精たちを信じていないから。妖精たちもきっと僕を信じてくれない。でも僕は変わりたいと思っていた。僕は「そうだろうね」と言いたかった。「いつか僕にも妖精の鈴の声が聞こえるかな」そう聞くと茨の谷から来た人は憮然として言った。「あれはお前が思うほど素晴らしいものではないが……」

『文体の舵をとれ』練習問題p49(トレリド)

練習問題②ジョゼ・サラマーゴのつもりで

一段落~一ページ(300~700文字)で、句読点のない語りを執筆すること(段落などほかの区切りも使用禁止)。

『文体の舵をとれ』アーシュラ・K・ル=グウィン p49

もう二度と句読点を雑に扱わないので許してください、と思いました。


 その時のローズハートの顔ときたらまったく教わってない芸をさせられた時または投げられていないのに何かを放った腕の先を見つめてしまった時の犬のようで本当に見物だった!それ以上に面白かったのは偶然居合わせたのかどこからかすっ飛んで来たのかいつの間にかローズハートの傍にいたクローバーがさもおかしくありませんみたいな顔で「悪い悪い俺が借りたままだった」なんて取り澄まして言ったことよ!動画を撮っておけばよかったあなたが見られなくて本当に残念だってこんなことはもう二度と無いでしょうしあなたがローズハートやクローバーに会うこともないでしょうからね!私ばかり喋りすぎかしらでもだってこんなこと同僚は勿論生徒にだって話せやしないもの!もしも教師の仕事が安全な範囲で失敗させたり恥をかかせたりすることだというのならきっとクローバーは絶対教師にはなれっこないでしょうよ!

『文体の舵をとれ』練習問題p33(イポウァレ)

練習問題①文はうきうきと

問2:一段落くらいで、動きのある出来事をひとつ、もしくは強烈な感情を抱いている人物を一人描写してみよう。文章のリズムや流れで、自分が書いているもののリアリティを演出して体現させてみること。

『文体の舵をとれ』アーシュラ・K・ル=グウィン p33

 紹介するよ、新しい仲間の——とソロモンが告げなくても、広間に立っている姿を一目見た時からその名はイポスの脳の中で響いていた。ウァレフォル。ウァレフォル。ウァレフォル! 細い突剣のしなりと、重い曲剣の確固さとがせめぎ合った時の耳障りな金属音。命を散らしていく傭兵と盗賊たちの野太い断末魔。目の前に立ちはだかる相手がまだ生きている証し、吸って吐く息。頭が沸騰するほど血なまぐさい怒りの記憶がきりきりと響き渡る。いや、それだけではなかった。しなやかに筋肉質で背の高い金髪の女を見つけた時、イポスの中に満ちた響きは怒りや殺意だけではなかった。それは、喜びでもあった。大切に個としての名を記憶するほどの相手が、再び目の前に立っている。よくよく見れば美しい顔立ちの要、片眼は眼帯で覆われている。その意味を理解した時、剣先が彼女の顔を走った時の感触がイポスの中でゾクゾクと再生された。自分が奪ったものだと思うとより一層、本当に美しく思えた。
「よう——“はじめまして”だな」
 いつかその眼帯をめくってやりたい。そんなことを思いながら、イポスはいたって平静な声色顔色で、彼女に左手を差し出すのだった。

『文体の舵をとれ』練習問題p31(トレリド)

練習問題①文はうきうきと
問1:一段落~一ページで、声に出して読むための語り(ナラティブ)の文を書いてみよう。
(『文体の舵をとれ』アーシュラ・K・ル=グウィン p31より引用)

この時空のトレリドです。


眠れない? 一体どうしたんだ? ……怖くて眠れない? さっきお父さんがしっかり鍵をかけたのをお前はちゃあんと見てただろ? 安心しろ、怖いことなんて何もないよ。この子供部屋は世界一安全だよ。……窓から影が入ってきたって? ……確かに泥棒と違って、影や光は鍵なんて気にしないか。でも影は影だよ。何もできっこないさ。持ち主にくっついていることしかできないよ。大きな怪物に見える? 飛び回る男の子に見える? 悪い魔女に見える? 見える、見えるだけさ。そこに本当のものは何も無いよ。ほら、目を閉じるんだ。瞼の裏で本当のものをひとつひとつ思い浮かべて。夜空を流れていく雲や、通りに立った信号や、窓の外のクルミの木を、閉じた目でひとつひとつ見るんだ。

……今度は音がする? クローゼットで何かがカタカタ動いてるって? クローゼットの向こうにはケイトの部屋があるだろ。ケイトが仕事してるだけさ。(あいつめ、キーボードの音が大きいぞ)廊下をギシギシ歩く音がするって? お前たちがパパを離してくれないから、お父さんが様子を見に来ただけさ。それでもお前たちはモンスターがいるっていうのか? 絵本で読んだモンスターの話がそんなに気になるのか? モンスターたちがいるなら、きっと夢の中だよ。夢の中で街を作って、楽しく暮らしてるはずだ。モンスターはお前たちのよろこびが好きなんだ。街の灯りはお前たちの笑い声で光って、街を行く車はお前たちと一緒に走るんだ。お菓子も? ああ、お菓子もきっと作って食べてる。マロンタルトもきっとあるよ。クリームがなめらかなやつだ。早く夢の中に入ってモンスターたちと一緒に食べておいで。

地獄でなお正しい(トレリド)

※『ハズビンホテルへようこそ』世界観パロディ

「閉廷!」
硬質な音が二度打ち鳴らされて、赤い闇で出来た法廷が消えていく。法廷の主に契約で縛られた、配下の罪人の悪魔たちは、やれやれ、やっと終わったかと気だるげにそれぞれの地獄での生活に戻っていった。法廷があったところの地面には、ただ赤い血のシミだけが残った。
役目を終えた裁判長が、禍々しい上級悪魔らしい姿から日常を過ごす姿へと戻っていく。全身が真紅の薔薇と棘の蔓に覆われた、小柄な男の姿へと。薔薇を人間の姿にしたのなら、きっとこのリドル・ローズハートになるだろうと、俺は死ぬ前からひっそりと思っていた。なので地獄でも、先に死んでいたリドルをすぐに見つけ出すことができた。
「まったく、どいつもこいつもろくでなしばかり……」
「しょうがないだろ。だってここは地獄なんだから」
「トレイ、キミには明日の裁判の下調べを頼むよ」
「もう次があるのか? たまには休んだらどうだ?」
「そんなわけにはいかないよ。それこそ、ここは地獄なんだから」
リドルは、死の直前まで裁判長をしていたらしい。だからか、地獄に会っても罪人を”裁く”ことが己の責務だと信じている。しかしそこには何の正当性もない。ただ、司法も警察も機能しないはずの地獄で、生者の法を押し付けて他の罪人をねじ伏せているだけだ。突然の裁判にかけられた罪人の末路は、契約を結んで”労役”につき”法廷”を手伝うか——処刑されて二度目の死を迎えるか。二つに一つだった。俺がリドルを見つけた時にはもう既に”法廷”の実態は、そう名乗っているだけの暴力組織になってしまっていた。
七つある地獄の階層の一番上、傲慢の階層の辺境で”法廷”は活動している。かつて人間だった罪人たちはそこにしかいられないのだ。傲慢の辺境にある邸宅に帰ると、おかえりー、とケイトが出迎える。数少ない、リドルに友好的な契約者の一人だ。
「お客さんが来てるから応接室で待ってもらってるよ。どうしても裁いてほしい罪人がいるんだって」
「わかった。すぐに対応しよう」
返り血がべったりとついたスーツを着替えるために、リドルは私室へと去っていった。
「……突っ込んだこと聞いてもいい? トレイくんってリドルくんとは死ぬ前からの付き合いって本当?」
客に出すお茶とお菓子を用意しながら、ケイトが質問してくる。もうそれなりに気心の知れた仲だと思っていたが、まだ話したことは無かったか。
「幼馴染ってだけだけどな」
「生前のリドルくんってどんな感じだった?」
「俺も高校を卒業してからのことは知らないが……まあ、あの頃から自分にも他人にも厳しかったよ」
「見た目は? トレイくんのも気になるけどさ」
「見た目? それなら昔もあんな感じだよ」
「いや、あんな人間離れした感じなわけないじゃん!」
「何を話しているんだい?」
服を着替えたリドルがキッチンの入り口に立っていて、こちらを睨む。と言っても、眼窩のあるべきところには大輪の花が咲いているから、そんな風な気がするだけだが。
ゴメンゴメン、実はさ……と弁解を始めるケイトをよそに、俺は生前のリドルの姿を思い出す。幼少期の目の輝きと、それを覆う涙。少年の頃の凛とした眼力。気まずく交わっては逸れる視線。あの瞳の、雨が降り出す前の曇り空のような灰色を覚えているのは俺だけでいい。

一度だけ、どうして罪人を裁くのかとリドルに質問してみたことがある。この地獄に墜とされ、いつ天国によって粛清されるかもわからない状況に置かれることこそ既に、全ての罪人にとっての罰なのではないかと。リドルの答えは、「とてもそうは思えない」というものだった。
「ボクは誰よりも正しかった。このボクにくだる罰と、他の罪人どもにくだる罰が同じでいいはずがない」
はっきりと通る声で揺るぎなく答える。
「これはきっとボクに課せられた使命なんだ。果たし続けていれば、いつかは天国に行けるかもしれない」
「……そうか」
どうすれば天国に行けるかなんて、誰も知らない。けれど血で汚れたこの薔薇は、きっと天国に咲くことは無いのだろう。俺はこれが見られただけでも、地獄に堕ちてよかったと思っているんだが。
「行けるといいな」
「何を他人事みたいに……キミも行くんだよ。ケイトも、エースも、デュースも。”法廷”のみんなでね」
「……ああ、頑張ろうな」
生前は、高校卒業とともに離れ離れになってそれきりだった。リドルの隣に居続けられるのなら、天国だって地獄だって、どこでもいい。今度こそ俺は、リドルのためにできることは何でもするつもりだ。ただ、「俺たちは」「お前はきっと」「天国には行けないよ」と告げることだけは、どうしてもできなかった。

迷子のフランキー(ヴィル非恋愛夢)

 

多大な信頼がある映画監督の遺作と遺児を引き受けるヴィル・シェーンハイト

・男性妊娠の描写があります(ヴィルサンではない)

・間接的なトレリドの描写があります


 

 

「最後まで本当に身勝手ね。アタシが最初に撮影に呼ばれた時からずっとそう」
「ハハ、ずっと付き合ってくれてありがとう。とはいえ死ぬと決まったわけじゃないんだ、生き延びられたら楽しい離婚式を挙げようじゃないか」
「その時のプランニングは任せてちょうだい。余興で人騒がせな骸骨を叩きわってやるから」
「それも絶対にフィルムに納めようじゃないか。きっと素敵な画になるよ」
 元来病気がちな人で、そのやつれた容貌と酷評を受ける駄作と喝采を浴びる傑作を繰り返す作品作りから“陽気なスケルトン”と称されていた。何度となく病に倒れてきたが、今度ばかりは違う。彼は妊娠したのだ。ヴィルよりもいくらか年嵩の彼の妊娠はリスクまみれで、周り全てが断念するべきだと言った。けれど彼は笑ってそれを躱し続け、とうとうただ一人傍に残ったヴィル・シェーンハイトにこう言った。『自分が死んだら、作品と子供を頼む』と。
 ヴィルが書面の上だけでの結婚をしてまでそれを引き受けたのは、彼がいつになく真剣な顔をしていたからだ。彼とヴィルとは表現に対する姿勢が大きく異なっていた。ヴィルが現実の先へ先へと手を伸ばし続けるのに対し、彼は夢想をこちらへこちらへと手繰り寄せるかのようだった。そうして何度も違った表現をぶつけ合ってきた彼との間には、尊敬があった。信頼があった。友情があった。だからヴィルは、彼が最後に遺した現実を——あるいは夢を引き受けることにしたのだ。

 



「本当に、勝手なんだから」
「ダッド?」
「何でもないわ。さあ、もう行きましょう」
 今の彼は、薔薇の王国の端にある離島の墓地に埋まりたいと、生前希望した通りに眠っている。おかげで年に一度の墓参りも、輝石の国からでは飛行機を乗り継いだ大旅行になる。
「ダッド、見てえ」
「何? ……あら、よく描けてる。アタシ、これ、好きよ」
 暇を持て余した子供が小さなスケッチブックに色鉛筆で描いた絵は、墓を描いたものだが物悲しさはない。がたついた筆致の花や空を、ヴィルは美しいと思った。

 



 帰宅後、大移動でくたくたになった子供を寝かしつけるのは簡単だった。ヴィル自身も旅行後のスペシャルケアをして、ゆっくりと眠りにつく……が、それは深夜3時の泣き声で妨げられる。
「ダッド! ダッド!」
「……こんな夜更けに、勘弁してちょうだい……。どうしたの?」
「フランキーがいないよぉ!」
「何ですって?」
 それは、子供が最も愛している犬のぬいぐるみだった。寵愛を受けすぎてほつれた縫い目を直して、大切にしていたはずのぬいぐるみ。先の旅行へも、一緒に連れていった。
 最後に一緒にいたのはいつだろう。カメラロールを旅行の始めから振り返る。行きの飛行機ではいた。薔薇の王国についてからの、都心部の観光も。同級生と後輩夫々の家を訪問した時、その家の子供に遊んでもらっている時の写真にも、フランキーはいる。最後に写っているのは、離島へと向かうフェリーの乗り場だった。
「薔薇の王国だっていうの? 嘘でしょ……」
「ダッド、フランキーはまだばらのおーこくにいるの? あたちがなくしたせいで?」
 子供はワッと泣き出した。じわじわと涙が浮かぶ過程をすっ飛ばして。
「ああもう、いらっしゃい。今日は久しぶりに一緒に寝てあげるから、泣くんじゃないの」
 ヴィルは子供をベッドへと抱き上げると、その背中をさする。一応、保険はかけてある。
 『フランキーがこの子の手を3日以上離れた時、何としてでも家へと帰ってくるだろう』——ユニーク魔法、【美しき華の毒】でそんな呪いをかけた、はずだ。だが、実際に失くしたのはこれが初めてなので、自分で『何としてでも』と指定しておきながら、どのように帰ってくるのか見当もつかない。下手をすると薔薇の王国近海に沈むかもしれない。そうなる前に、フェリー乗り場近辺に問い合わせなければ。
「今日はもう寝なさい。アンタは明日もプリスクールでしょう」
「フランキーがおうちにいないならプリスクールなんか行かない……」
 子供は登園をぐずることがよくあり、それを勇気づけるのもフランキーの役目だった。惜しい犬を失くしたわね、とヴィルは歯噛みする。
「明日からアタシは全力を尽くしてフランキーを探すわ。フランキーのことはアタシに任せて、アンタの仕事はいつも通り元気に暮らすこと」
「ほんとう? フランキー、見つけてくれる?」
「……海の底をさらってでもね」
 子供相手であっても、ヴィルはできない約束をしない。決意が伝わったのか、子供はやっと目を閉じた。
「ほら、お休みなさい、アタシのかわいい小さなピーチ」
 親子だけの愛称で呼びながら布団を被せる。深夜三時にできることは眠ることだけだ。問い合わせる当たりをつけながら、ヴィルもまた、目を閉じた。

 



 数日後、吉報は思いもよらぬところから舞い込んだ。
『もしもし? ヴィルか? お前のとこの犬がうちに来てるんだが』
 泥だらけの犬のぬいぐるみが、軒先に座っていたとかつての同級生から電話があった。どこで手に入れたのか、宅配伝票を携えて。
「着払いで送ってちょうだい、なるべく早く!」
 珊瑚の海を泳いで帰ってくるのでなくてよかった、とヴィルは心底安堵した。考えてみれば、ヴィル・シェーンハイトのイマジネーションから産まれた魔法が、そんな途方もない手段を取るわけがない。ぬいぐるみは、持ち主の知人を頼ったのだ。
「フランキー、帰ってくるの!?」
「フランキーがかしこい犬で良かったわね。でも、もう二度と失くしたりしないで」
 数日後、国際便で帰ってきたフランキーは、きれいに洗濯されて、ほんのりとよその家の柔軟剤の匂いがした。

 


ヴィルさんのユ魔って同時にいくつまでかけられてどれくらい持続するんだろう?マジで例えばなんだけど、ヴィルさんがお子さんを育てるとして、ヴィルさんはきっと子のいっとうお気に入りの玩具に『あの子の手を◯日以上離れたこの玩具は自力で家へ帰ってくるだろう』みたいな紛失防止の魔法かけると思うんだけど、お気に入りがコロコロ変わったり複数あるタイプのお子さんにも対応可能なのか?また何日くらいの間隔でかけ直すことになるのか?紛失してから何日後まで魔法は持続できるのか?みたいな疑問

というツイートから落書き。

お子さんの実父のイメージはジャック・スケリントン、お子さんがピーチなのはジャイアントピーチから。(あと赤ちゃんって桃に似てるよね……)フランキーはフランケンウィニーから。

トレリド俳優パロ

ドラマ『ツイステッドワンダーランド』のトレイ・クローバー役トレイ・クローバー×リドル・ローズハート役リドル・ローズハートの薄暗い話

・リドル(役者)がボージャック・ホースマンみたいに堕落してる

・トレリド以外の肉体関係あり

・全体的にキャラ崩壊気味

 


 

『永遠の赤き美少年、今夜はカラスと一夜を過ごす』

 十年以上も前の共演者が、かつての学園長役と合意の上で寝たというだけのことを、ゴシップ紙が騒々しく書き立てる。治癒しなかった古傷に偶然剃刀が触れた時のような痛みを無視して、俺はそれをゴミ箱へと投げ捨てた。

『リドル・ローズハートを演じることはそう難しいことではありませんでした。学問と魔法を演劇に置き換えれば、彼とボクとは同じ環境で育った双子のようなものでしたから』

 もう少し真面目な——発行部数も少ない雑誌では、過去の虐待のさりげない告発のようなインタビューが載っている。こちらの方は誰にも省みられることはないのだろう。世間は今や、見た目と演技力の割にわがままで放埒なお騒がせセレブ“リドル・ローズハート”に夢中だ。俺はインタビューのページを大事に切り抜いて、ひっそりとファイルに閉じた。

 もうあの子たちはどこにもいない。15歳で17歳を演じていたあの子も、20歳で18歳を演じていた俺も。

 楽屋のすみで一人、あの子は何度も台本を読んでいた。エース・トラッポラ役エース・トラッポラとデュース・スペード役デュース・スペードは話しかけたそうにしていたが、何度かすげなくされたようで、すっかり突き放してしまっていた。そんな三人を生徒役の中では年長の俺とケイト・ダイヤモンド役ケイト・ダイヤモンドは気にかけていて、気を揉みに揉んでようやく、ハーツラビュル5人での交流を持つことができた。その時のオフショットはどこへ行ってしまったのだろう。ケイトがアップしたSNSはもうサービス終了してしまっていて、そう簡単には掘り起こせそうもない。

『トレイ……! 本当にお菓子が作れるの!?』

『簡単なものだけだけど……役作りのために練習したんだ。ほら、最初の1ピースはお前に、だろ?』

『でも……ボク……甘いものは……』

『リドル。甘いものを食べるのも、“リドル”の役作りだと思わないか?』

『……っ』

 そうして俺が作った簡単なケーキを食べるリドルのとろけるような笑顔は、もう見られない。俺の脳に焼きついているだけだ。保存しておけばよかったのに。

 何度もレッドカーペットを歩き、高級住宅街住まいの彼と、“名バイプレーヤー”と呼ばれ始めたばかりでまだまだ慢心は禁物、アパルトマン住まいの俺とが接触することはもうないだろう。彼のことは美しく切ない思い出にして、今は堅実にキャリアを築くことに集中するべきだ。

 

 

 

 そう、思っていたのに。

「トレイ、キミもボクと寝たい?」

「久しぶりに会っていの一番に聞くことか?」

 出演したドラマの打ち上げのようなパーティーに、どういうわけか彼もいた。どうやら続編のメインキャストに内定していて、その縁らしい。そんなことをペラペラと漏らしてはいけない。やんわりと告げると、『リークされたってドラマの出来はどうせ変わらないよ』とカクテルを飲み干した。赤い液体の名は、たしかエンジェルフェイス。天使のような美貌の彼にはよく似合っていた。バーカウンターに肘をついて、彼はこちらを見上げる。

「そうやって昔の出演者全員を口説いて回ってるのか?」

「役者だけだよ。ケイトはエージェントになってしまっただろう? キャスティングに関わる相手とはしない主義だからね」

 それで、どうするの? と言いながら彼はおかわりのカクテルを受けとる。今度はホワイトレディ。ジンがお気に入りらしい。彼がそれを飲み干すのを待たずに、その華奢な腕を引く。パーティーを抜け出して、バレーサービスに愛車を持ってこさせる。

「……へえ、キミも、そうなんだ」

「早く乗れ。またスクープされたいのか?」

 自分から誘ったくせに、失望したような目でリドルは俺を見る。その色は、この街の夜のように濁っていた。

 

 

 

 ベッドに倒れ込んだリドルの手は震えていて、俺は覆い被さるのをやめる。

「いくじなし」

「怖がってるわけじゃないだろ。……いつからだ」

「……さあ、ね」

 彼の震えは、おそらくアルコール依存だ。冷蔵庫から出した水のボトルを、リドルが受けとるまで押しつける。

「セックスする気もないくせに、ボクさらったの? ボクに魅力を感じない?」

「……別にセックスしなくたっていいだろ。“幼馴染み”なんだから、久しぶりに思い出話でもしよう」

「フィクションだろう、あの関係は……」

 椅子に座ってテレビをつける。プレーヤーには『ツイステッドワンダーランド』のディスクが入ったままになっていて、リドルが「やめてくれ」と言うのも構わず再生ボタンを押した。リドルは、そこで初めて呆れたように笑った。あの頃のように。

「キミにとっても、あの頃は特別だった?」

「……ああ」

「……ボクもだよ。……あの頃のオフショットは、すべて保存してる」

「本当か?」

 ベッドの隣に腰かけて、彼の端末の画面を一緒に覗き込む。彼が画面スワイプすると、今よりずっと画素数の少ない写真が、次々と映し出された。俺が見たかった写真はすぐに見つかった。

「なんだか記憶よりもケーキが不味そうだ」

「そう? すごく美味しかったよ」

 けれどリドルの笑顔は、記憶そのままに眩しかった。

「一番のお気に入りはこれ」

 リドルが指差した写真に、リドルはいない。幼少期のリドル役、チェーニャ役、トレイ役の子役たちとリドルの母親役の俳優とが、なごやかにランチをしている写真だった。

 リドルの母親を演じた彼女は実に情に厚い人で、回想のシーンを演じきったあと子役たちをギュッと抱き締めてわんわん泣いた。

『ごめんね、ごめんねえ、怖いことは全部嘘なのよ、現実に戻っておいで、戻っておいでね……!』

 それが羨ましかった、とリドルは溢した。

「ボクを現実で抱き締めてくれる人は、どこにいるんだろう……」

 たまらず俺は、リドルを抱き締める。

「ねえ、今日は一緒に寝てもいい? ……何もしないから」

「……勿論だ」

 お前はここにいる、とリドルが寝入るまで、背中をあやすように撫で続けた。カット、と号令をかけてくれる人はどこにもいない。

 


ドラマ『ツイステッドワンダーランド』でトレイ役とリドル役を演じた二人が、リドルがボージャックとかサラ・リンみたいに身を持ち崩した頃に再開して、同棲をはじめ、リドルにとってトレイは聖域になるがトレイはリドルに段々劣情を催しはじめる……みたいな話はピくログでしてたんですが、こんな形になるとは。

実写版ワンピースのアーロン一味と子ナミちゃんとベルメールさんのオフショットがめちゃくちゃよかったので、ローズハートママ役の人も子役ちゃんたちをハグしてくれてるといいな、と思いました。

乙一の『カザリとヨーコ』の実写版の撮影裏で、娘を虐待する母親役の役者さんが、撮影が終わった直後に娘役の役者さんをぎゅっと抱き締めて謝ってたのも思い出しつつ。やっぱ演じる方も精神にくるよね……。