多大な信頼がある映画監督の遺作と遺児を引き受けるヴィル・シェーンハイト
・男性妊娠の描写があります(ヴィルサンではない)
・間接的なトレリドの描写があります
「最後まで本当に身勝手ね。アタシが最初に撮影に呼ばれた時からずっとそう」
「ハハ、ずっと付き合ってくれてありがとう。とはいえ死ぬと決まったわけじゃないんだ、生き延びられたら楽しい離婚式を挙げようじゃないか」
「その時のプランニングは任せてちょうだい。余興で人騒がせな骸骨を叩きわってやるから」
「それも絶対にフィルムに納めようじゃないか。きっと素敵な画になるよ」
元来病気がちな人で、そのやつれた容貌と酷評を受ける駄作と喝采を浴びる傑作を繰り返す作品作りから“陽気なスケルトン”と称されていた。何度となく病に倒れてきたが、今度ばかりは違う。彼は妊娠したのだ。ヴィルよりもいくらか年嵩の彼の妊娠はリスクまみれで、周り全てが断念するべきだと言った。けれど彼は笑ってそれを躱し続け、とうとうただ一人傍に残ったヴィル・シェーンハイトにこう言った。『自分が死んだら、作品と子供を頼む』と。
ヴィルが書面の上だけでの結婚をしてまでそれを引き受けたのは、彼がいつになく真剣な顔をしていたからだ。彼とヴィルとは表現に対する姿勢が大きく異なっていた。ヴィルが現実の先へ先へと手を伸ばし続けるのに対し、彼は夢想をこちらへこちらへと手繰り寄せるかのようだった。そうして何度も違った表現をぶつけ合ってきた彼との間には、尊敬があった。信頼があった。友情があった。だからヴィルは、彼が最後に遺した現実を——あるいは夢を引き受けることにしたのだ。
「本当に、勝手なんだから」
「ダッド?」
「何でもないわ。さあ、もう行きましょう」
今の彼は、薔薇の王国の端にある離島の墓地に埋まりたいと、生前希望した通りに眠っている。おかげで年に一度の墓参りも、輝石の国からでは飛行機を乗り継いだ大旅行になる。
「ダッド、見てえ」
「何? ……あら、よく描けてる。アタシ、これ、好きよ」
暇を持て余した子供が小さなスケッチブックに色鉛筆で描いた絵は、墓を描いたものだが物悲しさはない。がたついた筆致の花や空を、ヴィルは美しいと思った。
帰宅後、大移動でくたくたになった子供を寝かしつけるのは簡単だった。ヴィル自身も旅行後のスペシャルケアをして、ゆっくりと眠りにつく……が、それは深夜3時の泣き声で妨げられる。
「ダッド! ダッド!」
「……こんな夜更けに、勘弁してちょうだい……。どうしたの?」
「フランキーがいないよぉ!」
「何ですって?」
それは、子供が最も愛している犬のぬいぐるみだった。寵愛を受けすぎてほつれた縫い目を直して、大切にしていたはずのぬいぐるみ。先の旅行へも、一緒に連れていった。
最後に一緒にいたのはいつだろう。カメラロールを旅行の始めから振り返る。行きの飛行機ではいた。薔薇の王国についてからの、都心部の観光も。同級生と後輩夫々の家を訪問した時、その家の子供に遊んでもらっている時の写真にも、フランキーはいる。最後に写っているのは、離島へと向かうフェリーの乗り場だった。
「薔薇の王国だっていうの? 嘘でしょ……」
「ダッド、フランキーはまだばらのおーこくにいるの? あたちがなくしたせいで?」
子供はワッと泣き出した。じわじわと涙が浮かぶ過程をすっ飛ばして。
「ああもう、いらっしゃい。今日は久しぶりに一緒に寝てあげるから、泣くんじゃないの」
ヴィルは子供をベッドへと抱き上げると、その背中をさする。一応、保険はかけてある。
『フランキーがこの子の手を3日以上離れた時、何としてでも家へと帰ってくるだろう』——ユニーク魔法、【美しき華の毒】でそんな呪いをかけた、はずだ。だが、実際に失くしたのはこれが初めてなので、自分で『何としてでも』と指定しておきながら、どのように帰ってくるのか見当もつかない。下手をすると薔薇の王国近海に沈むかもしれない。そうなる前に、フェリー乗り場近辺に問い合わせなければ。
「今日はもう寝なさい。アンタは明日もプリスクールでしょう」
「フランキーがおうちにいないならプリスクールなんか行かない……」
子供は登園をぐずることがよくあり、それを勇気づけるのもフランキーの役目だった。惜しい犬を失くしたわね、とヴィルは歯噛みする。
「明日からアタシは全力を尽くしてフランキーを探すわ。フランキーのことはアタシに任せて、アンタの仕事はいつも通り元気に暮らすこと」
「ほんとう? フランキー、見つけてくれる?」
「……海の底をさらってでもね」
子供相手であっても、ヴィルはできない約束をしない。決意が伝わったのか、子供はやっと目を閉じた。
「ほら、お休みなさい、アタシのかわいい小さなピーチ」
親子だけの愛称で呼びながら布団を被せる。深夜三時にできることは眠ることだけだ。問い合わせる当たりをつけながら、ヴィルもまた、目を閉じた。
数日後、吉報は思いもよらぬところから舞い込んだ。
『もしもし? ヴィルか? お前のとこの犬がうちに来てるんだが』
泥だらけの犬のぬいぐるみが、軒先に座っていたとかつての同級生から電話があった。どこで手に入れたのか、宅配伝票を携えて。
「着払いで送ってちょうだい、なるべく早く!」
珊瑚の海を泳いで帰ってくるのでなくてよかった、とヴィルは心底安堵した。考えてみれば、ヴィル・シェーンハイトのイマジネーションから産まれた魔法が、そんな途方もない手段を取るわけがない。ぬいぐるみは、持ち主の知人を頼ったのだ。
「フランキー、帰ってくるの!?」
「フランキーがかしこい犬で良かったわね。でも、もう二度と失くしたりしないで」
数日後、国際便で帰ってきたフランキーは、きれいに洗濯されて、ほんのりとよその家の柔軟剤の匂いがした。
ヴィルさんのユ魔って同時にいくつまでかけられてどれくらい持続するんだろう?マジで例えばなんだけど、ヴィルさんがお子さんを育てるとして、ヴィルさんはきっと子のいっとうお気に入りの玩具に『あの子の手を◯日以上離れたこの玩具は自力で家へ帰ってくるだろう』みたいな紛失防止の魔法かけると思うんだけど、お気に入りがコロコロ変わったり複数あるタイプのお子さんにも対応可能なのか?また何日くらいの間隔でかけ直すことになるのか?紛失してから何日後まで魔法は持続できるのか?みたいな疑問
というツイートから落書き。
お子さんの実父のイメージはジャック・スケリントン、お子さんがピーチなのはジャイアントピーチから。(あと赤ちゃんって桃に似てるよね……)フランキーはフランケンウィニーから。