ひとりでは埋まらない

ヒプノシスマイク/毒島メイソン理鶯×山田三郎

まだ付き合ってはいないりおさぶ
???視点
※死体遺棄・損壊の描写があります

 

「もしかして、僕もそうなってた?」
穴のふちに座り込んでいる男の子は、元はと言えば襲撃者でした。
今でこそ自然体で、穴を掘り進める大柄な男性に何気ない様子で言葉を投げかけることができますが、初めて来た時は少しの緊張と並々ならぬ敵意に顔をこわばらせていましたっけ。
「⋯⋯なにか誤解をしているようだが、小官は何も好き好んで殺しているわけでは無いぞ」
「随分手馴れてるけど」
「初めてではないというだけだ。普段はなるべく森から帰れるよう追い立てているから、こうなるのは本当に稀だな」
「⋯⋯足を滑らせたりして?」
「⋯⋯⋯⋯」
または、刃物や銃器でこのひとに向かっていったりして。
あるいは、無謀にもこのひとに挑んでいって言葉に脳をぶち抜かれたりして。(わたしにはどうしてそうなるのか全くわかりませんけれど)
「やっぱり殺すんだね」
まるでやっと人に慣れてきた野良猫がお風呂に入れられた後のように、三郎くんは警戒した様子で理鶯さんを見つめていました。
「少年のことを殺したりはしない」
首から上だけを穴から出して、安心してほしい、と理鶯さんは言いました。
「小官にとって貴殿は⋯⋯」
そう、毒島メイソン理鶯さんにとって山田三郎くんは特別な存在なのですよ。
『わたし』はそれをようく知っています。2人が軽く例の口喧嘩(わたしにはあれがなんなのか本当にわかりません)をして、気が緩んだら一緒にご飯を食べて、そして三郎くんが帰ったあと、理鶯さんは三郎くんが紡いだ言葉をそっと口ずさんでいるのです。全く違う、低い声色で何かを確かめるように、なぞるように。三郎くんが理鶯さんに挑まずにはいられないように、理鶯さんにとっても三郎くんが来てくれるということはいつも重要な出来事なのです。
「⋯⋯いや、どうだろうか。わからない」
「⋯⋯はあ?」
え?
「本当に貴殿を殺すことがないか、が」
「⋯⋯おっかないやつ」
「仮に殺すとしても、その行為はマイクを奪いに来る有象無象に対してとは全く違うのだろう、とは、思う。もっと柔らかくて、日当たりの良いこの山で一番美しい場所に埋めてやりたい」
「熱烈なんだか頭おかしいんだか」
「The Black Catだ」
確かに三郎くんは黒猫に似ているけれど、突然何を言い出すのだろうとわたしは考えていましたが、三郎くんは即座に「ポーの?」と聞き返していました。
「少年、読んだことがあるか?」
「かわいがってた黒猫と愛する奥さんを殺してしまった男の話でしょ」
――人は、掟を、単にそれが掟であると知っているだけのために、その最善の判断に逆らってまでも、その掟を破ろうとする永続的な性向を、持っていはしないだろうか?
三郎くんは少し諳んじてみて、「僕はあんたのプルートゥや奥さんになったつもりはないんだけど」と呟きました。
「そもそも知り合ってまだそれほど経ってない」
「そんなことが問題か?小官は、そんなことに関わりなく、貴殿だけは⋯⋯と思うのだが」
それを聞いた三郎くんは「だけは、なんだよ」とそっぽを向いてしまいました。わたしからは、その耳が少し赤くなっていたのがよく見えました。
理鶯さんはそれを見とったのかそうでないのか、にっこり笑うといつもの優しげな低い声で言いました。
「もしそうなったら、少年の好きな花を植えよう。やはり菊か?」
「⋯⋯花とかそんなに好きじゃない」
「好きな果物はあるか?」
「果物あんまり食べない」
「⋯⋯野菜でもいいのだが」
「いや、あんたそれ収穫して食べんのかよって話」
「無論だ」
「しかも絶対あの二人に振る舞うんでしょ。塗り込めた壁を自慢した男みたいに」
「そうだな。それが禁忌であればこそ」
話しているあいだに、穴は深さを増して理鶯さんの背丈ほどになりました。もう少し、もう少しです。
「そろそろ埋めよう。それをこちらに渡してくれ」
えっ!?
「嫌だ。触りたくない」
本当にあと少しなんです。ここで掘るのを止められては困ります。それにこんな見ず知らずの人と一緒にされたくありません。
わたしは咄嗟に、『それ』と三郎くんを穴の中に突き落としました。
「うわっ!!!? ねえ、今なにか⋯⋯」
「少年、怪我はないか?」
「っ、僕に触るなッ!」
「落ち着け、少年」
二人はしばらく穴の中でくんずほぐれつにもがいていましたが、すぐに落ち着きを取り戻しました。
「穴から出してやるから、大人しく抱えられていてくれ」
「⋯⋯ん」
それでは困るんですってば! わたしは、わたしを見つけてくれないと⋯⋯。この機会を逃してしまえば、きっと次はない。もう一度触れてしまったのですから、二度も三度も変わりはしないでしょう。わたしは三郎くんの手を引きました。
「! ちょっと待って。ここ、何か埋まって⋯⋯」
わたしは、随分久しぶりに『わたし』を見ました。すっかり白骨化した頭骨を見ても、わたしの顔を思い出すことはできませんでした。
「~~~~~~~~ッ!!!!」
「人骨だな。この状態で埋まっているということは、獣に掘り返されてはいないということだ。やはり位置、深さ共にここで正しかったようだな」
「一緒に埋める気!?」
「そうだが」
「なんか⋯⋯そうしちゃいけない気がするんだけど」
「少年は霊感が働くのか」
「っ、そんなオカルトじみた⋯⋯馬鹿馬鹿しい」
「ではどうして」
「殺人と死体遺棄は“ダメなこと”だし、それはいち兄に心配をかけるしいつか自分の足を引っ張らないとも限らないから僕はあんまりしたくないって、前提で話すけど、さ」
「うむ」
「それでも人が“ダメなこと”をする理由って二つだ。そうしなければいけないからと、そうしたくなってしまったから」
三郎くんは、ビニール袋に包まれた、襲撃者の解体された死体を一瞬見やりました。
「あんたにはこの男を埋めなければいけない理由はある。⋯⋯けど、その骨は⋯⋯あんたも僕も、埋める必要がないし、僕は埋めたくないし、埋めるとこも見たくない」
合理性に欠けるって、わかってるよ、とこぼして三郎くんが目を逸らそうとするのを、理鶯さんは顎を捕まえて止めました。
「⋯⋯なるほど。心配しているのか?少年」
「な⋯⋯っ、あー、そうだよ、別に死体の一つや二つ増えたところで変わらないかもしれないけどさあ、僕のライバルなんだから隙は最小限にしろよな」
「了解した。H歴以前のもののようだから照合は難しいかもしれんが、銃兎に連絡してみよう」

こうしてわたしはどこか別の山奥で発見されたことになって、無事に運び出されたのでした。理鶯さん。三郎くん。本当にありがとう。ありがとう。さようなら⋯⋯。

***

「女の死体だったそうだ」
「へえ」
「戦前の行方不明者で、遺族もほとんどいなかったが、妹だという人が引き取っていって弔ったという」
「興味無い」
「貴殿の言う通り、掘り返して良かったのかもしれないな」
あれは確かに女の手だった、と思った。オカルトじみたことを言うのは恥ずかしくて、誰にも言えていないが、あの時確かに何かに背中を押された。掘られた穴に落ちて、手を引かれた。手首にうっすらとついた細長い指の跡に気付いたのは、あの日の夜、自宅の浴槽の中。
「じゃあもういないよね⋯⋯」
「何が」
「なんでもない」
もう忘れてもいいだろう。死人よりも、壁の中から鳴く黒猫よりも、今は目の前の軍人の方が重要だから。冷たい湿った土に四方を囲まれた中で、この男の体温は生を感じさせてくれた。今も、山田三郎が乞えば与えてくれるだろうか。わざわざ三郎がこんな森の奥まで来て挑むのは、生と生をぶつけ合いたいからなのかもしれない。こいつは三郎をここの土に埋めてしまうという。自分は水平線の果てに還ってしまうに違いないのに。そんな馬鹿げた願望を一笑に伏すためには、生を、未来を押し付けてやるしかないだろう。
「ねえ、まだ軍が復権するって思ってる?」
「無論だ」
少し口を尖らせた大男に、とびきりの笑顔で「なわけないじゃん」と返してやれば、きっといつも通りの手合わせが始まるだろう。