ツイステッドワンダーランド/トレイ・クローバー×リドル・ローズハート
2022年2月5日ワンライ参加作品 お題:チョコレート ※ハーツラビュルのモブ2年生がたくさん喋ります
トレイと恋人になって、初めてチョコレートを贈ろうと思い立った。ハーツラビュルのキッチンで作ってはトレイ本人に見つかってしまう。それはどうにも気恥ずかしく、校舎の大食堂の厨房へと赴いたのだが。
「おい、これって次どーすんの?」
「バター全然室温じゃないじゃん!」
「暖炉の前置いとくかあ?」
「溶けるわバカ」
バレンタイン前の厨房がこんなに混み合うものだとは、とリドルは頭を抱えた。寮もクラスも学年も入り交じった数グループが、ガヤガヤと調理に勤しんでいる。手慣れた様子のもいれば、手際が悪いのも多数。
元々複数人が使用することを前提とする作りだけあって、リドルが使うスペースがなくなったわけではない。リドルが材料を抱えて入り口で立ち止まっているのには、別の理由がある。
入り口付近のワークトップで、ハーツラビュルの2年生3人組がチョコレートを湯煎にかけている。その中の一人と、目が合ってしまった。
『こんなものを、受けとるわけにはいかないよ。女王に贈賄とは、いい度胸だね』
1年前、その同級生に言い放ったのは他ならぬ自分だった。彼の方も、気まずそうに目を逸らす。あの頃は決まりを守ることにしがみついていて、他人の気持ちも、自分の気持ちも、人の心というものを蔑ろにしていた。今になって、贈りたいと思う側になって、鉢合わせるとは。
踵を返して、やはりハーツラビュルのキッチンで作ろうか、と思う。けれど。
「……ねえ、ボクも、ここで一緒に作業していいかい?」
「えっ、あっ、うん。いいよな?」
「うん、うん」
リドルは、意を決して踏み出した。今ここで逃げて、どんな気持ちでチョコレートを作ればいいのか。
2年生3人は驚きながらもめいめいに頷いた。戸惑いこそあれ、そこに明らかな刺や不快感はなかった。
けれど、空気は変わってしまった。リドルが声をかけるまではガヤガヤと騒いでいたのに、今このスペースで響くのはチョコレートを刻む音と、調理器具の擦れ合う音だけだった。
「……あの~、湯煎のお湯、まだ暖かいけど……使います?」
「いいのかい? ——ありがとう」
やがて、2年生の一人がおずおずと声をかけてきた。それが気を遣わせたようで情けなく、リドルは深呼吸をして、切り出した。
「その——去年は、ごめんね」
「え? ……いーよ別に! 今別の彼氏いるもん! あの時だって、好きってよりはファンって感じだったし、うん」
「そうなんだ。……お付き合いしている相手がいるのかい!?」
胸を撫で下ろすとともに、リドルは目を見張った。
寮内に同級生の友人は少ない。勿論、恋愛話など初耳だった。
「そーなんですよ! 見る? 写真!」
かつてリドルにチョコレートを渡そうとした右頬ハートのヒト属は、身を乗り出した。先程の気まずそうな顔はどこへやら、今は誰彼構わず惚気たいらしく、スマホの待受をぐいぐいと押し付けてくる。
他の同級生二人は肩を竦めた。とっくに惚気は聞き飽きているらしい。右目にダイヤを施したブタの獣人属が呆れた口調で言った。
「最近付き合い始めたばっかじゃん。バレンタイン前はカップル増えるよな~」
「だってトランプだし、ペアになりたいもんなんだよ! なあ!?」
「いや、お前が恋愛脳なだけだって。俺らは友達と菓子作るのが楽しいだけだもん」
「好きな味付けのお菓子が食えるいい機会なんだもん」
右頬スペードのヒト属がダイヤに同調する。それでハートが形勢不利になったはずなのに、ざわっと引かれて孤立したのはスペードだった。どうも彼が手元でゴリゴリと挽いているミルに理由があるらしい。
「そら、胡椒味のカップケーキなんて売ってるわけねえわ」
「寮長、こいつの胡椒好きは中毒の域なんで薦められても味見しない方がいいよ——」
「……ふふっ、あははっ」
リドルは破顔した。2年生3人はきょとんとした顔でリドルを見る。彼らにとっては、何でもないやり取りだったのだろう。けれど、肩肘を張らない、何気ないやり取りが心地よかった。今さら寮内の2年生の輪に入れるとは思っていない。この距離感は、今この時だけかもしれない。だとしても。
「何の話だっけ?」
「付き合ってんのは、寮長と副寮長だけじゃないぞってことでしょ」
「はははっ————えっ」
リドルは急に水を向けられて硬直した。それからやや遅れて、耳まで真っ赤になる。
「なんでバレてないって思うん?」
「ていうか今日ここに来た時点でそうじゃんね」
ハートが、にっこりと晴れやかに笑う。
「俺とおんなじだね、寮長」
リドルは、赤面したまま無言で力なく笑った。女王も、恋に関しては一兵卒と変わらない。その通りだった。
「それで、味見をしたら本当に辛くて辛くてね……」
「何にでも胡椒——結構前に調理班から調達班に移動させたやつがいたが、そいつか?」
「そう、その彼だよ」
2月14日のお茶の時間。不格好なカップケーキと艶やかなチョコレートを挟んで、トレイとリドルは向かい合っていた。リドルが部活や授業のことを楽しそうに話すのがトレイは好きだったが、寮内の同級生とのエピソードは珍しい。
「作る過程も楽しかったみたいでよかったよ……少し、妬けるな」
「何を言っているんだい、キミのおかげなんだよ」
「え?」
「キミにチョコレートを渡したいと思ったから……作りたいと思ったから、一歩踏み出せたんだ」
トレイを好きになって。恋人になって。リドルの世界は広がり続けていく。それは窓の外へ連れ出されたあのときから変わらない。そして、その広い世界の真ん中には、いつだってトレイがいる。それを伝えたいと、リドルはいつも想っている。
少し焦げたチョコレートカップケーキは、それが形になったものだった。
「……まあ、まだまだ課題の残る出来上がりだけれどね。来年こそは完璧に作ってみせる」
「……ああ、楽しみにしてる」