ツイステッドワンダーランド/トレイ・クローバー×リドル・ローズハート
Web拍手お礼の再録です。 『山折りと谷折り』 お礼設定期間:2022年6月8日~8月6日 『楽園でウミガメのスープを』 お礼設定期間:2022年8月6日~10月28日
山折りと谷折り
※オリジナル監督生の影あり
異世界から来た監督生は映画が好きだ。図書館に書籍だけでなく映像メディアも保管されていることを知ると、放課後の時間のほとんどをこの世界の映画を見ることに費やしている。
そんな監督生が、オンボロ寮のゲストルームを改装できるようになって、魔法の金槌の使い方に慣れた頃はじめに作成したのは映写機だった。
「フィルムともなると、保管はされていても自由に使える再生機器がなかったので」
そんなわけで、投影した光が壁の柱に当たらない位置を探して、椅子よりもソファよりも先に映写機が置かれた。グリムが所望したラグに寝そべって、徹夜で古典映画を観ていた監督生は、翌日の授業で大あくびをかいていたという。
その後、ゲストルームの居心地が向上していくと、監督生は上映会を開きたい、と考えるようになった。自分ひとりで観るだけでなく、誰かに観て欲しい映画を薦めるのも好きなのだという。
リドルが受け取った招待状には、映画のフライヤーを模したものが同封されていた。偶然街中で出会ったきりの女に恋をした男が、再会を逃さないよう奮闘する映画である。古典作品ではあるが、心の機微の描き方は色褪せない。
監督生がこれをリドルに薦めたのは、撮影に使用された実践魔法が美しかったからなのだが、急遽上映会にトレイも参加することになり、デートムービーの役割を果たせばと勝手に気を利かせて上映会主催者でありながら席を外していた。しかし。
「……一体どうして会社の書類を紙飛行機にして飛ばしてしまえるんだ!?」
「そこはなあ」
確かに、魔法の演出が美しいと一定の評価を得ている作品ではある。男が女の気を引くために投げ続けた紙飛行機が、街に漂う魔法に動かされて、諦めかけた男の背中を押してくれる。白い紙飛行機が群れをなして風に舞い、男を女のところまで連れていく光景は圧巻だった。けれどその紙飛行機たちが、男が勤める職場の書類を折ったものだったことがリドルは引っ掛かってしょうがないらしい。正直なところ、トレイもそうだ。
「つまらなかったか?」
「……そういうわけじゃないけど」
リドルは唇をとがらせる。話運びに解せなさを覚えつつも、グレーの画面いっぱいに飛び回る紙飛行機に夢中になっていた。映画よりもその横顔ばかり見ていたトレイはそれを知っている。
「魔法にあんな使い方があるとは、参考になったよ。……魔法は、魔法士だけのものじゃないんだ」
それは、CGの無い時代に魔法を使って視聴者を魅了するメタな製作過程に向けられた感嘆だった。後半は、行使者たる魔法士なしでひとりでに動き出した魔法が男を助けてくれる物語への呟きでもある。リドル自身、都合のいい何かが窓の外へ伸ばした手を届かせてくれはしないかと願った経験はある。けれど結局何も行動に移すことはできなかった。お母様に出されたプリント一枚を、紙飛行機に折ることすらできなかった。それをトレイに伝えることを恥じているので、映画の中の男への共感はどこか辿々しく言語化される。
「トレイはどう思った?」
フィクションに触れた経験が少ないリドルの感想を最初に聴くのが自分であることが、トレイは嬉しくてたまらない。誰かと感想を分かち合いたくて上映会を主張しているだろうに、その機会を譲ってくれた監督生には感謝している。感想を語る顔をにまにまと見つめているところに、自分自身の感想を求められて、トレイはふむ、と考え込んでしまった。
「そうだな……途中一回だけ、見慣れない折り方をしただろ」
「あの、よく飛びそうな」
「それを試してみたくなったかな」
「……それはサイエンス部としての好奇心かい?」
「そうかもな」
「じゃあ、あれよりも飛びそうな紙飛行機を作ろう」
あのイチゴタルト事件の後もどうにかリドルに言葉を届けたくて、何枚もの手紙をゴミにしたことなどリドルは知らなくていい。
メモ帳をちぎって、子供のように空気抵抗の少ない紙飛行機を何機も折る二人を、白い兎のぬいぐるみがとぼけた表情で見つめていた。