銀の踵の黒い靴 - 1/2

1ページ目:自分をカスピエルの恋人だと勘違いしていたモブ女ちゃん視点

2ページ目:1ページ目のしばらく後のカスソロ

ある程度クソ野郎なピの字、好きです。モブ女ちゃんのグラフィックはキャラバンとかに居る青髪ショートの子でお願いします。

 

小さな街で、靴職人をしている。
親の代から続く工房で、15の時からずっと靴を作ってきた。昨年父を亡くしてからは、母と二人で店を切り盛りしている。7つ歳の離れた妹は、春から隣町の親しい工房に奉公して技量を叩き込んでもらっている。私の時は父から教えを受けられたのだけど、二人になってからは忙しいのでそうもいかないし、あの子にとってもその方がいい刺激があるだろうという決断だった。少し寂しい。
そろそろ私が正式に跡を継ぐのかもしれないけど、まだ早いのかな、という気持ちもある。商工ギルドに話をつけなければならないし、材料の仕入先と完全に上手くやれている訳では無い。でも妹が一人前の職人になって戻ってくる頃には、きっとそうも言ってられないだろう。

恋人は、いる。
ピンク色の髪をした不思議な人で、仕事終わりに酒場で飲んでいたら声をかけられた。私は彼が何をしているのか知らない。身なりは悪くないから、ゴロツキではないと思うんだけど。この街の人ではないから、いつも彼が泊まっている宿を訪ねていて、たまに宿代を立て替えてあげたこともあった。普段の、普通の私なら絶対にそんなことはしないのだけど、「モノ作れるなんて素敵やん。自分の手一本で食っていけてるわけやろ?ほんま尊敬するわあ」とうっかり錐で刺してしまった指をさすられると、どうにもふわふわと宙へ浮いてしまうのだった。だって私は長女で、当たり前に靴職人になって家を継ぐのだと思って生きてきて、そんなことは考えたこともなかったのだ。

ある日珍しく彼が工房を訪ねてきたので、私は密かに、彼に似合いの素敵な革靴を仕立てられるかも、と心を弾ませた。けれど彼が「これやな」と手に取った木型は彼とはサイズが違う男のものだ。
それだけならまだしも、前にご領主の奥方に父が仕立てた、うんと踵の高いものと同じ形にしてくれという。
おかしい。これはおかしい。何もかもが。
「これね、生活のための靴じゃないのよ。慣れてなきゃ一歩だって歩けないし、慣れてたって⋯⋯」
「ええやん」
「え?」
彼がまた私を浮つかせて何かを取り繕おうとする前に、私は「わかった」と遮った。
彼が手を引くのは、とにかく私じゃない。そんなことをこれ以上考えたくなくて、私は一人の職人として裁ち鋏を取る。彼が選んだ上等な黒い革を切り裂く。底には柔らかい詰め物をうっすらと入れて、足の甲から足首までを編み上げて固定する形のリボンをつけてあげる。踵のパーツは通常木で作るが、特別に鍛冶屋に注文した。履くのが男性なら、もう少し頑丈な方がいいだろう。銀色に鈍く光るものを黒で包み込もうとして、やめた。それよりはもっと磨いてもらってきれいに光った方がいい。注文し直した方がいいだろうか。
作ったことの無いものに挑戦する楽しさだけで、全てを忘れたかった。

出来栄えに満足したのか、彼は上機嫌で品物を受け取って、去った。安くもない代金が耳を揃えて払われて、そんなことなら立て替えてやったままの宿代も払ってくれと思ったのに、言えなかった。
工房を閉めたあと、踵の高い靴を履いてみた。父が以前作った時に試作した赤いもので、もしかしたらこれは今や私が作ったものの方が上出来かもしれない。父はいい職人だったが、なんとなく、非実用的な靴を作ることに対する父の戸惑いを感じた。
工房の端から端へ、少し歩いてみただけでもぐらぐらとして、地べたへ倒れ込む。しばらくそのままの姿勢で泣いていた。きっと彼はもう、この街へは来ないだろう。トンカチでぶん殴ってやればよかった。錐で刺してやればよかった。ペンチで捻ってやればよかった。「ええ子やなあ」「従順やなあ」と囁く声が、まだ耳に残っている。くそっ、ぐちゃぐちゃに踏み潰してやれたなら。

 

妹に会いに隣町へ行った時、久しぶりに彼を見かけた。
よく日に焼けて溌剌とした男の子の傍にぴったりと立つ彼は、見たことも無い幸せそうな顔で、色違いの双眸を細める。事前に知っていたからか、それほどショックでもない。それが少し寂しい。
私の妹と同じ年頃だろうか、少年は底の平たい、簡素な造りの布靴を履いていた。
きっと渡せていないのだ、と直感した。
バーカ。こんな子にあんな靴を履かせようとするなんて。本当に馬鹿だよ。

靴職人をしている。恋人はいない。