雌獅子より、度し難いいきもの

メギド72/イポス×ウァレフォル

傭兵団のゆるゆるホモソーシャル下世話トークです。

 

『雌獅子はめいめいで都合してくれ』——それは傭兵団の中で度々出てくる下世話なフレーズだ。そんなわけで一つの街に留まる時、特に警戒することがなければ大抵傭兵たちは単独か少人数での行動になる。女連れで歩いているところを見かけても、その場では声をかけないのが暗黙の了解だ。あとあとからかわれることはあるが。
「え……団長?」
「は?」
「す、すまん見間違いだった!」
センは自分の口から思わず漏れた名前を慌てて打ち消した。部隊長たち幹部連中で飲みに繰り出したと思えばこれだ。取り繕った甲斐なく、他三人も振り返る。テーブル席の人混みの向こうに、垣間見えるカウンター席。そこに、馴染みのある羽帽子が座っている。右隣にいるのは……女だ。
「……どうする? 河岸を変えるか?」
「でもこの店だって言っちまったしな……あちらさんは同伴か? ならそろそろ出るんじゃ?」
「馬鹿、ありゃどう見ても娼婦ってナリじゃないだろ。元依頼人でも無さそうだし……同業者か?」
「帯刀してるし、そうだろうな……。しっかし、女の服の流行りはわからんが、女傭兵ってのぁ余計わからんもんだな」
「連中、俺たちみたいに鎧や鉄板や鎖を着こめねえからな。向こうだって『なんだあのフリフリ』って思ってるんじゃないか」
「違えねえ。それにしても目の毒だぜ」
「案外、それも狙いかもな。ああ、思い出した。あの、指輪のボウズの軍団があるだろ。その繋がりじゃないか? 前にうち向きじゃない仕事を紹介したフリーランスの女がいただろ。俺は居合わせてないが……」
「ボティスちゃんか? あの子いい子だったよなあ~! 美人だったし! でもあの子じゃない、あの子はもっとこう……お花さんって感じだ」
「お花さんみてえな女傭兵がいるかよ!」
ついつい下世話にヒソヒソと盛り上がっていると、カウンターの女が通りすがった店員を呼び止めるために、わずかに振り向いた。セン以外の三人は、慌てて背を向ける。その必要がないセンだけが、女の顔をちらと見ることができた。やはり、まつ毛の長い美女。ただし片方は眼帯に覆われてしまっていて一つだけ。小柄な女が好きなセンの好みではないが……。かつてこの酒場で働いていた小柄なメルちゃんは、騎士団に入団していなくなってしまった。身長差がつらいと嘆いていたのに、小柄な女ばかり目で追ってしまうので、そもそもそういう女が好きだったのだろう。メルちゃんがいなくなったことでそれに気付かされた。元々の故郷だった辺境に配属されたと噂で聞いたので、もう偶然会うこともないだろう。だというのに、未練がましくセンは王都に来る度この酒場に立ち寄ってしまう。
「うう……メルちゃん……」
「うわっ、また発作だ」
「やっぱ同業者の女が手堅いのかね」
「それはそれで別れる時怖いって言うぜ」
「だとしても所帯を持つことも視野に入れるなら理解があるに越したことないだろ」
「知り合いにトップが夫婦の傭兵団に所属してる奴がいるが、喧嘩の度に団が二分されてやりづれえって話だ」
「そりゃ、団長がたまに言う個全混同ってやつだな」
「じゃあやっぱりそもそも根っからの傭兵が身を固めようっていうのが夢物語なんじゃねえか? 団長だって独身主義だろ?」
「わからんぜ、これまでプロと遊んできた団長が今同業者とカウンターでしっぽりやってるとくらぁ、あの歳でやっとつがいの“雌獅子”を見つけたのかもな」
突っ伏したセンを他所に、声を落としたまま憶測は盛り上がる。ひとしきりメルちゃんの思い出に浸ったセンは、そこでやっとあの“雌獅子”の顔、どこかで見たような……という既視感の正体に気がついた。金の髪。引き締まった体躯。麗しい顔立ち。それと裏腹に荒っぽい双剣。そして眼帯の奥はおそらく。
「……あっ!?」
「どうした、セン? 急にでけえ声出して……」
「やべえ、すぐに店を帰るぞ」
「出るったって、まだ揃ってもねえのに」
「店の前で俺が伝言役でも何でもやるからっ! だから——」
「すみません、遅くなりました」
だから、この男がこの店に来るのだけは食い止めたかったのに。
遅れてきた、総伝令リムがセンの隣の席に着いた。彼の鋭い目は、すぐにカウンターを捉えると、苦虫を数万匹噛み潰した顔になる。
「あの、盗賊女……!」
「えっ!?」
「はァ!?」
フレイザやブルーナやナンは、それぞれ乱闘をしていたのではっきりと姿を見てはいないのだろう。センだって、目撃した——生き残った団員たちの語り草になっている情報と照合したにすぎない。けれどリムは、魔獅子の肩を抉ったその姿を目に焼き付けている。
「……リムさん……どうします?」
「……ガキじゃあるまいし、どうもしませんよ。腹が立つだけだ」
持ち前の冷静さを取り戻しながらも、まだ口調には怒りが滲んでいる。それを飲み下すように、リムは酒杯をあおった。
「金で動くもの同士、昨日と今日で利害関係が変わるなんてよくある話です」
「にしても限度があるだろ……」
時には、プライドや怨恨を置き去りにしてでも、手を組まねばならない時がある。だが、人の心というのはそう簡単に割り切れるものではない。何も思わず水に流すには、あの場には、屍が多すぎた。何も無いような顔をして取り繕って距離をとるのがせいぜいで、ましてやこうして友人かそれ以上のように連れ立つことなど、普通はできるものではない。
「仇敵とランデブーか……元からやべえ人だとは思ってたが——いかれてやがる」
命のやり取りをして、自分が刻んだ肩に抱かれる女も、自分が欠けさせた顔にキスする男も、どちらも正気ではない。そんなことをかみ砕いて話していると、リムは先ほどの数倍の苦虫を嚙み潰したような顔になった。
「は……? いや、さすがに……そこまでの関係……ではないだろう」
「ええ!? 今更そこ覆ります!?」
「そういえばここの二階……宿なんだよな……」
「そこにしけこんじまえば、もうクロだぜ」
勘ぐっている間に、二人が勘定を済ませて席を立った。
「あっ」
飲みすぎたのかわずかにふらついた女を、イポスが支える。
「あっ」
女がイポスの耳元で、何事かを囁いた。イポスも、囁き返している。
「あ~~~……」
そして階段を上がり、二人は二階へと消えていった。
「クソバカ色ボケヒゲ野郎が……!!!!」

見損なっただの、一周回ってすごいだの、ずっと抑えていた声を上げて五人がぎゃあぎゃあと騒いでいると、ぽん、とナンとフレイザの肩が叩かれる。
「よう、折角のオフに揃い踏みとは、むさ苦しいね」
「だ、団長!?」
イポスは、質問責めに対してあっさりとメギド72で再会した縁だ、と自白した。二階へ行ったのは少し飲みすぎた彼女に肩を貸しただけ、囁いたように見えたのはそれをたしなめただけだと。
「実力はこの身で折り紙付きってわけだ。つるんで少しでも貸しを作っておいて損はないだろ?」
「結局そんなことかよ!」
「生々しいところを見なくて済んでほっとしたような、団長の色恋沙汰が見られなくて残念なような……」
「ま、確かにそっちの方でもお相手願いたいカラダだがな! あの胸と脚はたまらん」
「いや、蹴られたらひとたまりも無さそうでそれどころじゃないですよ……」
「ククク、蹴られなくてよかったなぁ? 実は脚以上に耳がよくてな。お前らの会話は全部聴こえていたわけだが……」
「え!?」
「今にも小突きに行きそうなウァレフォルを、飲ませることで食い止めていた、というわけだ」
「おっかねえ! やっぱり血の気の多い女はごめんだな……」

気を取り直して二軒目に行く傭兵たちに誘われて、イポスは同行した。ナンが気になっていた店に行きたいということで着いていくその最後尾で、ただ一人リムだけがこっそりと声をかける。
「……本当に着いてくるんですか?」
「おいおい、邪険にするなよ」
「二階にあの盗賊女を待たせてたんじゃないのかってことですよ」
「あんまりお前らがうるせえんで、フラれちまったさ」
「それは残念でしたね」
「ま、それに……酔っ払いと寝ることほど虚しいことはねえからな。また今度だ」
「……あんまりあの”雌獅子”に入れ込まないでくださいね」
「素面のあいつは雌獅子より面白いぜ」
その口ぶりに、リムは大きくため息をついた。
「……クソバカ色ボケヒゲ野郎が……!!!!!!!!」