どうかこの腕(かいな)のなかで

メギド72/サレオス×ネフィリム

 

つい最近までアガシオンに付きっきりだったネフィリムが、空になった腕をサレオスに広げる。
「サレオスさんも抱っこしてあげましょうか?」
「あのなぁ、お前さんから見たらアガシオンも俺も大差ないかもしれんが、俺はいい大人だし、立つことに不自由しちゃいない。必要以上に庇護されるのは恥ずかしいもんなんだぜ」
「そうなんでしょうか……」
「どうしてもお前さんのなかに引っ掛かりがあるなら、“してあげる”なんて言い方はよしな」
垂れがちの眉根を寄せて、ネフィリムは、少しの間思案すると言い直した。
「サレオスさん、抱っこさせてくれませんか?」
「いやだ」
「そんなぁ……」
「抱えられるのはごめんだが、こういうのじゃダメか?」

いつだったか、ジズやコルソンがニバスの膝に乗っていたことがあるな、とサレオスは思い出していた。そういえばあの頃はまだネフィリムはいなかった。
「ふふっ、抱っこされるのもいいですね」
「お前さんが嬉しそうでよかったよ」
サレオスの膝の上に、ネフィリムが腰掛けている。サレオスの頭をしっかりと抱きしめることで、どこか不安げだった表情が和らいで見えた。
「小さい人って、すぐ死んじゃうじゃないですか。サレオスさんが私の腕の外で死んだら、嫌だなあって思ったんです」
アガシオンが、ネフィリム無しではいられなくなるかも、という不安を呈しても、ネフィリムは構わないと思った。今でも思っている。しかしいざ手を離れてみると、今まで通りではいられなくなったのはネフィリムの方だった。
“人はあっけなく死ぬ”という事実はどうしようもなくあり続ける。その上で、“特に大事な小さな人が死んでしまう”という不安にとりつかれてしまったらしい。
「だから、こうやって腕の中に閉じ込めて、何か怪我したら新しい力で癒してあげたいんです」
「……気持ちはわかるさ。ずっとこうじゃいられないがな」
サレオスはネフィリムの背を撫でた。わかるさ、という理由を彼女に語ることはまだないだろう。どうしようもなく失われていくものはたくさんある。そのことをどんなに受け入れたつもりでも、やはり嫌だと思うし、まだ失われていないものをしきりに確かめてしまう。そのことへの共感を伝えられれば十分だと思った。
「……じゃあ、離れてもまた、こうやって抱っこしてくれますか?」
「ああ、いくらでもしてやるさ」
ネフィリムは、無言でサレオスをぎゅっと、更に強く抱きしめる。

考えないようにはしてきたが、顔に豊満な乳房を押しつけられていると色々差し障るものがあるし、そろそろ腿がしびれてきた。それでもサレオスは、ネフィリムが満足するまで降りろとは言わずにいた。
膝の上のネフィリムを抱きしめる。サレオスにしても、この柔らかな身体が、少し高めの体温が、不思議といい香りのする髪が、穏やかなアルトが、そして魂が、知らないところで失われるのは嫌だった。