ニンジャスレイヤー
ネヴァーモア×チバ
神聖ニシテオカスベカラズ。神聖ニシテオカスベカラズ。神聖ニシテオカスベカラズ……。
チャントを脳内で三度繰り返し、ネヴァーモアは現実に向き直った。
「若」
「うるさい!黙れ!」
ネヴァーモアを蔑むような眼差しで睨み付けると、もう見たくもないと言う風にそっぽを向いた。このように扱われる時なのだ。ネヴァーモアがラオモト・チバに対して最も欲望を感じるのは。
そのことに気がついたとき、ネヴァーモアは死のうと思った。彼にとってチバは神聖にして絶対的な存在であり、その度合いは背中に背負ったラオモト・カンに並ぶものである。それに欲情するなど、自慰以外の行動には出ていないにしても、許されることではない。だがネヴァーモアがチバのために在る以上、身勝手な死もまた許されるものではない。
こめかみから血を流すネヴァーモアには見向きもせず、キングサイズの寝台に飛び込んだ小さな体。先程ネヴァーモアをヌンチャクで打ち据えた手はうす赤く血が巡っている。その手に口づけて、唇を吸って、細い身体を抱き締め、そして、という劣情を抱えながらも彼を守るために生きていなければならないのだ。
「さっさとしろ!この愚図!」
勿論、その命令に服従しながら。
その感情は、かつては護衛する対象の神聖さに見あった崇高なものであったはずだ。もっと清らかで。このような穢らわしさのない。背に彫り込んだ偉大なる大ラオモトへの信仰は少しも変容していないというのに。あるいは、少年のボディーガードとして傍に侍るうちに認識が変化してしまったのかもしれない。それは、冒涜になりはしないか。
悶々とネヴァーモアが廊下を歩いていると、「ドーモ、ネヴァーモア=サン」と横から挨拶が投げ掛けられた。
「……ドーモ。アガメムノン=サン」
相変わらずの彫像めいた笑みから、ネヴァーモアは紛い物の匂いを感じずにはいられない。
ネヴァーモアの目付きがやや険しくなったのを見て、アガメムノンは判断する。
「大分揺れておられるようだな」
「……ああ、ニンジャスレイヤーの野郎といい……どいつもこいつも」
「いや、貴方が、だ」
「……何だ?」
ネヴァーモアは警戒心も露に、目の前の男を睨んだ。アガメムノンのアルカイックスマイルは微動だにしない。
「死者への信仰は実際際限が無いが……それのみで動いていてはただの狂信というもの」
「……てめぇ、何が言いてえ」
「あの方がセクトにおられる理由を考えなされよ」
生者たる、あの方が。去り行くアガメムノンの背中に、ネヴァーモアはつい拳を握りこんでしまう。
信仰の際限の先とは、何であろう。
チバが眠っていたので、ネヴァーモアは連れてきたコーカソイドオイランを下がらせた。部屋の明かりを消し、ベッドサイドのワット数の低いものだけを灯す。
白磁めいた美少年の顔が淡く照らされる。フートンを掛けようとした手を、ネヴァーモアは一瞬とどめた。ニンジャ聴力を駆使するまでもなく聴こえる、静かな寝息。
チバが生きて、存在している。
当たり前のその事が今更ながらどうしようもなくいとおしく思えて、この華奢な身体を力の限り、または壊れ物の人形のように抱き締めてしまいたくなった。これが自分の感情が行き着いた果てだろうか。ネヴァーモアは自嘲する。だから何だ。それでも、触れることが許されないのに何ら変わりはないのだから。