期待と報奨

ニンジャスレイヤー/ネヴァーモア×チバ

 

「いい子ね」そう言われながら撫でられるような、そしてそれを期待するような子供たちが、このマッポーのネオサイタマにどれだけ居るだろうか。居たとしても、自分には全く関係のないことだとチバは思う。混じり気のない善や美徳は愚か、建前としてのそれもチバには縁のないものだ。
一方で、子供特有の残虐さや非道さは、チバにはとても馴染み深いものであった。例えば蜥蜴の尻尾を限界の短さまでちぎるような、猫を痛めつけるような。或いは、性的モラルをわざと突き破るような。
堕落の世界に産まれた子供だった。
ある時、移動の車中で、目を通す書類もなくなったチバはふと従僕に目をやった。ラオモト、引いてはチバこそが徳の全てだと信じている、哀れな程に無知な従僕。
こいつは、どこまでチバの命令に従うのだろう。
まず、死ねと言えばきっと躊躇いなく死ぬのだろう。そういう男だということはわかっていた。“自分”を少しも大事にしていない。
では、チバを殺せと命令してはどうだろう。それにはきっと従わないだろう。そうするくらいなら、それこそセプクするだろう。希望的観測や私情かもしれない。だが最悪のことを考えると、実際に命令して試すことはできなかった。
ならば、それに準じる命令をすればいいのではないか。
例えば、『僕を犯せ』とでも言うような。

ネヴァーモアは命令に従った。
正直な話、チバは少し失望した。『殺せ』と命じていなくてよかった、と言うには大袈裟かもしれないが。
しかしそれ以上に、ネヴァーモアの表情があまりに苦悶と、押し殺された快楽に満ちていたからだ。そのくせ、その後時折明らかに期待しているのがわかる。それがどうにも煮え切らなくてイライラするのだ。
しかし、無闇に期待させ続けるわけにもいかない。チバとしては、離反の芽は少しでも摘んでおきたい。そもそも、一度身体を許した時点で、“2回目”以降を覚悟しなければなかっただろう。
「ネヴァーモア」
「ハイ」
「来い」
チバはフートンの上に膝を立てて座ったまま、乱雑にジャケットを脱いだ。ネクタイを解いた。ワイシャツの四つ目のボタンに触れたところで、ネヴァーモアは慌てて目を逸らす。まだ厚いフートンからタタミ1枚離れたところに突っ立っていた。
「僕は来いと言ったんだ」
「……ハイ」
足取り重く歩くネヴァーモアがようやくフートンの傍らに立ったところで、チバはネヴァーモアの襟を掴み、引き倒した。
「若、」
やはり期待しているのだ。でなければニンジャがモータルの子供に引き倒されなどしない。それも、覆い被さるような形をとって。
チバはネヴァーモアの硬い頬に手を添えると、唇を重ねた。青年の舌がぎこちなくも懸命に動く。それを嘲笑うように、少年の舌は青年の舌を巧みに舐った。
ネヴァーモアの口から垂れた唾液を舐めとって、チバは唇を離した。
「若、俺、」
「なんだ?」
ネヴァーモアの視線がさ迷う。露になったチバの胸元と、明後日の自罰的な方向とを。
「どうしたいか言ってみろ」
ネヴァーモアの耳元に口を寄せて、チバは囁いた。
「や、やりたい、やっちまいたい、です」
とうとう、切実さを帯びた言葉が漏れる。チバはネヴァーモアの頭を、大型犬か、やんちゃな子供を撫でるように撫でた。
ここからは命令じゃない。
そう言おうとして、止めた。