寮長バカ一代

ツイステッドワンダーランド/トレイ・クローバー×リドル・ローズハート

トレリドとエースとデュースの副寮長代替わりの話です。
タイトルは某ギャグ漫画から取りましたが、パロディ要素は特にありません。
“副寮長代理補佐心得”って言わせたかっただけなのに付き合い始めるトレリドのだだ甘い話になっていました。

 

「君たち二人のうちどちらかを副寮長にしようと考えている」
「「……はい?」」

完全に怒られるつもりで、心当たりを探りながら寮長室に出頭したエースとデュースは、数秒フリーズした。
普段怒られる時は立たされたままだが、今回に限っては応接テーブル、現寮長と現副寮長がかける向かいに並んで座らされた。その時点で、あれ、なんか違うな? という気はしていたのだが、それはまさしく青天の霹靂だった。
「知っての通り、トレイは4年生になったらナイトレイブンカレッジを発つ。その前に後任の副寮長を選んで引き継ぎを行う必要があるのは、おわかりだね?」
「それはわかるけど……何で俺ら? 二年生寮長の同期の中から選べばいーじゃん」
「年功序列で言ったら、僕もそれが順当だと思いますが……」
「後進育成のためさ。今のうちに1年生を教育しておいた方が、再来年度もスムーズだろう? それに……恥ずかしながら、ボクはあまり同学年との信頼関係が強くない」
再来年度の寮長候補でもあると匂わせながら、キミたちに頼みたいんだ、と真摯な眼差しを向けられれば、エースもデュースも悪い気はしない。しかし、問題が一つ。
「それで、俺たちの“どちらか”ってことは……え、まだ決まってねえの?」
そうだよ、とリドルは頷いた。
「年度末まで、トレイの下に就いて引き継ぎを受けてもらう。その過程で適性を見せてもらおうじゃないか」
「残り2ヶ月しかないからな、厳しくするけど覚悟しろよ?」
トレイがにっこりと微笑んで圧をかける。エースとデュースは、しごきの予感にひえっ、と息をのんだ。
正直なところ、エースにもデュースにもまだまだ足りない点はある。エースは何事も呑み込みが早く寮の運営でも有能さを発揮するだろうが、ハーツラビュルの厳格の精神を軽んじるところがある。デュースはハーツラビュルの厳格の精神に相応しいが、まだまだ要領が悪く注意力に欠ける。競い合うことで、より高め合ってくれないかという期待もあった。
「キミたち二人をこれより“副寮長代理”に任命する。――先に実力を示した方の“代理”を取ってあげよう」
精一杯励むように、と微笑んでリドルはどこか浮き足立つような、緊張しているような二人を部屋から送り出した。
「……キミ以外の副寮長を置くなんて、なんだかまだ信じられないよ」
1年生の1週間目、寮長になったリドルに、自分を副寮長にしないかと進言してきたあの日から、ずっとリドルの傍らにトレイはいた。ハートの女王とその伴侶に例えられるほど。サバナクローやイグニハイドのように副寮長を置かないというのも考えたが、様々な悶着を経たリドルは、自分がいかに他者に支えられたうえで力を発揮しているかをよく理解していた。ゆえに副寮長は置かなければならない。それがトレイではない、ということに、トレイとの別れが近づいていることに感じる胸の痛みの正体を、リドルはまだ理解していない。
「そんなに惜しんでもらえるのは嬉しいけど、組織としちゃ心配だな。でもアイツらのことは俺がしっかり鍛えるから、安心してくれ」
“副寮長”は、役割を発揮できるなら誰であってもいいものだ。トレイがリドルに再会して、その変わり果てた苛烈さにも臆さず副寮長に名乗り出たのは、替えのきく立ち位置でもリドルの傍にいたいと願ったからだ。その時はまだそれが過去の罪悪感からなのか、それとも何か別の強い感情からなのか、トレイ自身わかっていなかった。しかし、約2年間をともに過ごし、無力感も怒りも悲しみも乗り越えて、“何でもない”リドルの微笑を日々集める中でとっくに恋だと自覚してしまっていた。
“副寮長”の役割を解かれて、リドルにとって“何でもない”トレイになったなら、想いを告白しよう。そして未来のことを約束しよう。もう離ればなれになることのないように。その決意のために、トレイはエースとデュースを推挙したのだ。
これが、6月初頭のことだった。

「副寮長代理補佐心得見習い!!!!!!! 副寮長代理補佐心得見習いたちはどこにいる!!!!!!!」
うぎいいい、とリドルの怒号が響く。
二人の”代理”は取れるどころか、ヘマをしたり騒動を起こしたりするごとに類する称号が日々付け足され、挽回して減ることはあっても“副寮長代理”以下になることはないのだった。
結局引き継ぎ期間が終わって学年が一つ上がっても正式な副寮長は決まらなかった。なんとかエースとデュースの二人がかりで仕事はこなせているものの、書類の上では副寮長はトレイのままという異例の状況である。切磋琢磨して高め合うという目論見が完全に裏目に出たようで、確かに二人とも実力をめきめきと上げてはいるのだが、その分張り合ってハプニングを起こす際は規模が大きくなってしまった。
それはともかく、つまり、結局トレイはリドルに告白できていない。
「リドル、落ち着け」
「ボクだって怒りたくて怒ってるわけじゃないんだよ! 折角キミが帰ってきたっていうのに、彼らがあまりにも至らないから――」
今は2月初頭、全国魔法士養成学校総合文化祭直前である。今年はナイトレイブンカレッジは開催校ではないが、トレイは発表の準備のため一時帰寮していた。
トレイの部屋は既に引き払ってしまっていたため、一時的に部屋割りを調整しておくようエースとデュースに指示したはずだったのだが、どういうわけかトレイの荷物は寮長室、リドルの部屋に運び込まれていた。

「お前さえよければ、俺はここでもいいぞ」
「……本当かい? キミ、発表前の最後の大詰めだっていうのに、大丈夫なの?」
トレイはにっこり笑って頷いた。告白の機会を逸して苛立ったこともあったが、結局研修中もあの二人が心配だと口実にして連絡は取り合っているし、今回の件もいい働きをしてくれた。
「実は後は学園の植物園で取っておいたデータを入れて整理するだけだからな。……久しぶりにお前と話したいことがたくさんあるんだ。お前の部屋に泊まっちゃ、ダメか?」
まめに連絡を取り合ってはいても、やはりリドルと再び離れて過ごす数ヵ月は不安なものだった。リドルが他の誰かに恋をしてやしないか、自分の手の届かないところに行ってしまいやしないかと何度も心をざわめかせた。時折電話をしては、切り際に『愛している』と言ってしまいたくなった。たとえリドルにとってのトレイが”副寮長”でしかないとしても、“恋人”になりたいと打ち明けてしまおう。覚悟はとうに決まっているのに、”エースとデュースのどちらかが正式に副寮長になったら”なんて自分の外のきっかけを数ヵ月も待ち続けるのはもうやめにしよう。
「……この部屋にベッドは一つしかないから、一緒に寝ることになるけれど……それでも、いいなら」
リドルの言葉に、トレイは目を見開いた。ソファを借りるつもりだったのに!
「……!?」
たった一晩で、そこまで距離を詰めるつもりはなかった。リドルの微かに朱に染まった頬を見ると、もしかするとリドルにとってのトレイはもう“副寮長のトレイ”でも“ただのトレイ”でもないのかもしれない。それが思い上がりでないことを願いながら、トレイはリドルの申し出を受けた。

寮長室のベッドは、一般の寮生の部屋より大きなダブルサイズで、二人横たわっても若干の余裕があった。その余裕の分距離を開けて、見つめ合う。
「……エースにね、この前怒られてしまったんだ。『副寮長の仕事はできても、トレイ先輩の代わりなんかできない』って。デュースも、上手く言葉にはできていなかったけれど、不安そうな顔をしてた」
寮長失格だね、とリドルが囁く。もう半年近くも副寮長の座が宙ぶらりんなこと、その根底に個人的な感情のもつれがあると恥じているようだった。そんなことないさ、とトレイはリドルの手を握る。そんなことない。お前はよくやってきたよと囁き返す。
リドルははにかんで、おずおずと握り返した。その手のひらにはじんわりと汗がにじんでいた。
「何がキミじゃなきゃダメなのか、怒られて初めてちゃんと考えてみたけど、実は考えれば考えるほど、わからなくなった。ボクはバカになってしまったんだろうかと、不安になったりもした。……でもね、今日キミと久しぶりに会えて、それがあんまりに嬉しくて。やっとわかったんだ。ボクはバカだ」
意を決したように伏し目がちだった目を上げて、リドルは真っ直ぐトレイを見据えた。
「ボクはキミのことが好きなんだ」
ボクをキミの恋人にしてほしい、とリドルが言い終わるより先に、トレイはリドルを抱き締めていた。
「先に言われちゃったな……。俺も、お前のことが好きだ。好きすぎてバカになるくらい」
それから、抱き締め合ったまま他愛のない話をした。互いの体温で暖めあって、眠たくなるまで。
「……とれい、大好き」
眠たげな声でリドルが言う。
「リドル、愛してるぞ」
起こしてしまわないように囁いて、トレイは目を閉じる。聞こえていなくたっていい。これから毎日、何度だって言うはずだから。リドルを抱き締めているだけで頭がふわふわと落ち着かなくて、やはりバカになってしまったな、と思いながらトレイは眠気の中へ沈んでいった。

この翌日、エースとデュースの肩書きは見直されて“副寮長代理”へと仕切り直された。
しかし、二人ともすぐに“副寮長代理補佐”へと戻ってしまった。エースは「夕べはお楽しみでした?」と口を滑らせたことで首をはねられ、デュースは植物園でいい雰囲気になっている(ように見えた)トレイとリドルを見て引き返したことでハートの女王の法律第412条に抵触してしまったのである。

「やっぱさあ、あの人トレイ先輩以外の副寮長認める気無くね!?」
「そんなわけないだろう! と思いたいが……いや……うーん……」

結局正式な副寮長はこの年度末まで決まらず、エースとデュースは新寮長の座を巡って決闘をすることになったということだ。