カニと鳥と元舞台少女たち

少女歌劇レヴュースタァライト/天堂真矢×西條クロディーヌ×天堂真矢

※劇場版終了の10年以上後の時系列です
※酒に弱い天堂真矢

推しカプを賭けたマリオパーティで負けて書いた真矢クロ真矢です。短い。

 

カニを食べに行きませんか、と天堂真矢が言ったのは、とある舞台の札幌公演、その千秋楽が終わった後だった。
「あんたって、いまだに世間知らずね。予約もせずにいきなり入れるわけないじゃない」
「予約はしてあります。誘わずにいただけです」
カニを楽しみにするファンティーヌというのも変でしょう、と悪びれずに言った天堂に、西條は柳眉をつり上げて呆れた。
「……あたしが誘いに乗らなかったらどうするつもりだったのよ」
「先約がおありですか?」
「……無いけど」
夜の札幌は雪が吹きすさび、『西條クロディーヌ来日!』と強調された看板を覆い隠す。帽子を目深にかぶり、マフラーで口許を隠さなくとも、この視界の悪さでは誰もこの二人が今回の講演の鳴り物入り、ゲスト出演者だとは気づけないだろう。

掘炬燵の個室で、カニを剥いている間無言だった。かつて一度、『私の真矢』『私のクロディーヌ』と呼び合ったその答え合わせをするのが怖くて、西條は再会したとしても天堂と二人きりになるのを避けていた。それが、こんな逃げ場のない悪天候の夜に、とうとう捕まってしまった。
「……先ほどの、タクシーの」
「え?」
「酷いものでしたね……」
ここまで来るのに、ごく短い距離だがタクシーを使った。慣れない積雪に足がかじかんで、とても進めなかったのである。行き先を聞いた中年のタクシー運転手は、ワンメーターと知るや舌打ちをした。
「あんたも愚痴とか言うのね」
「言いますよ。今回の舞台にしてもそうです」
大人になった西條と天堂が、あの頃の舞台少女たちが多かれ少なかれ学んだのは、『舞台の全てが素晴らしいわけではない』ということだ。勿論、歌って踊って演じるなかで、いつも高揚や感慨はある。しかし、納得のいかない演出やキャスティング、脚本に従わなければならないことも、時としてある。
「あなたとは、もっと素晴らしい舞台で再会したかった」
それでも、天堂真矢という舞台びとは、あの頃はよかったとはけして言わない。志を同じくする仲間だけで、一丸となって舞台を作っていた頃に戻りたいと言うことはない。常に貪欲に次の舞台を求めている。西條クロディーヌとてそれは変わらなかったが、ただ一つ、西條の心にはあの時彼女が流暢なフランス語で言ったことが蟠っていて、それを取り出して見せることに躊躇してしまうのだった。

「う……ん……」
「あーもう、あんたってお酒弱かったの!?」
2件目のバーで、ぐにゃりと寄りかかる天堂の前に置かれた飲みかけのモッキンバードを奪い取って飲みほしながら、西條は悪態をついた。
天堂は、鳥の名前のカクテルを見ると度数を考えずに頼んでしまうらしい。この前に頼んでいたフラミンゴレディは気に入ったようで、3杯は飲んでいた。だから西條も、天童は酒豪なのだと早合点していたのだが、たがが外れてからは早かった。
「あなたは……お酒が強いんですね。……お酒に乱れるところもきっとかわいいだろうから……見てみたかった」
「ハイハイ、”あたしはいつだってかわいい”。わかってるでしょ」
いつかのレヴューの時に天堂が言ったことを引用する。
「あなたが……他の人の前でふざけて見せたりするのが、好きで……それが見られるかもと、少し期待しました」
は? と西條は目を見開いた。
調子外れの歌を歌っておどけてみせるような、そんな西條を好きだった、と天堂は言う。それは。舞台少女ではない、ただの少女の部分だ。
だったら、西條だって、人一倍食い意地の張ったただの女、天堂真矢が好きだし、それが久しぶりに見られて今日は嬉しかった。
「――あたしの、真矢――」
こう呼べば、彼女は「私のクロディーヌ」とまた呼び返してくれるだろうか。そんな期待を込めて恐る恐る発した声に、返事はなかった。
「天堂真矢?」
「………………すぅ」
「……ホント、嫌な女。どこ泊まってるかくらい言ってから落ちなさいよ」
そう言う西條は微かに笑っていた。自分が泊まるシングルルームのベッドで目覚める天堂の反応が、少し楽しみだった。