「……ねえ、トレイ?」
リドル・ローズハートの付箋が貼られた水曜日の放課後、16時のお茶の時間にリドルはじっと上目遣いでトレイを見上げた。
「なんだ、リドル?」
「……ううん、何でもないよ」
賭け事は賭け事を持って破壊する。それがあの寮生には一番薬になると判断したからあの場では大見得を切ったものの、リドルは当日になって嘆息した。リドルの方から告白する方に賭けてしまっては賭けにならない、ただの宣言である。よってトレイの方から告白する方に賭けるしかなかったが――つまりそれは告白させるということで。
「今日はいつもと様子が違うな? どうした?」
「何でもないったら!」
トレイの顔を直視できず、先ほどから何度も空になったカップを口許へ運んでいる。
告白させるには、誘惑するしかない。しかし、やり方が全くわからない。実践魔法や魔法薬の調合法ならいくらでも知っているリドル・ローズハートが、だ!
「お茶のおかわりは?」
「……いる」
このままうかうかしていては水曜日が終わってしまう。
「ねえ、トレイ。今日はキミの部屋に泊まっても、いいかな?」
「! ……ああ、いいぞ。なんだ、それが言いたかったのか?」
遠慮することないのに、とトレイはいつも通りにひとのいい笑みを浮かべて快諾した。延長戦だ、とリドルは意気込みを新たに、注がれた紅茶のおかわりを飲み干そうとして――
「あつっ」
「らしくないな、大丈夫か? ほら、見せてみろ」
思いの外まだ熱かった紅茶に舌を火傷した。何の疑問もなくトレイに舌を晒しながら、頑張って誘惑するぞ、とその手段を必死に考えていた。
(……誘惑するって、こんなに難しいのか……!)
消灯後のベッドの中、リドルは歯噛みした。寮長室のものよりいくらか狭いベッドのすぐ隣に横たわったトレイの肩が触れていて、鼓動が早まって眠るどころではない。また、今日一日試した”誘惑”の反省点が、頭の中をぐるぐると回っている。
まずこうして二人で寝ることを提案したのも、リドルにとっては誘惑のつもりだった。手を繋ぐ、ボディータッチするなどスキンシップを増やすことも考えたが、経験値の少ないリドルにはそれを然り気無く行うことがどうにもできなかったため、名前を呼ぶ回数や見つめる回数を増やすことに努めた。
実体験としても知識の上でも、誘惑の引き出しが少なすぎる。次があるなら、ロマンスなどのフィクションでもう少し予習をしたい。けれど。
(……そもそも、もしかしてトレイはボクのこと、実際は好きじゃないのかな……だったらなおのこと、あんな賭けに使われるのは気の毒だな……)
「リドル」
(絶対にあの寮生は何としても懲らしめないと……)
「リドル、もう寝たか?」
「……トレイ?」
トレイが身を起こしたので、リドルも起き上がる。どうしたの、まだ起きていたのかい、と言いながら常夜灯をつける。
「今日一日、お前の様子がずっとおかしかったのが気になって眠れなくてな。本当に、なんでもないのか? 何か言いたいことがあるんじゃないのか?」
心配そうに見つめるマスタードイエローの瞳の熱に、リドルは呆気なく白旗を上げた。
「――あのね、ボク、キミが……好きなんだ」
「ああ、やっぱりそのことか!」
「……へ?」
唖然としたリドルを、トレイはそっと抱き締める。
「ものすごくかわいい顔で見つめてくるし、ものすごくかわいい声で名前呼んでくるし、一緒に寝よう、なんて言ってくるし、いつ告ってくるんだろうと思ってたぞ」
疑問符を浮かべるリドルを抱きすくめたまま、トレイは耳もとで囁いた。
「舌見せてくれた時なんて、エロ過ぎて、告白すっ飛ばして一線越える気かと思ったな」
「……!? あ、あれは違う!!」
赤面しながらリドルはトレイの胸を押して、その胸ぐらを掴んで目を合わせた。
「ボクが誘惑してるって気づいていたんなら、どうしてキミの方からさっさと告白してこないんだい!」
「ああ、それはな」
トレイはスマホの液晶をつけた。もうとっくに木曜日になってしまっていた。
「俺は”木曜、リドルから”に5000マドル賭けてたんだ」
うぎいいいいい!!!! と叫んだリドルのユニーク魔法と拳を甘んじて受けながら、トレイは声を上げて笑った。
「トレイの馬鹿! 性悪!」
「ごめんな――俺も好きだよ、リドル」
涙目のリドルの目元に口づけを落とす。口にして、と拗ねた声で求めてくるのに応えながらトレイは、35万マドルの支払いには多少の猶予を持たせてやってもいいな、と考えていた。あの胴元の同級生はいいきっかけを作ってくれた。