飛び去る翅の下で - 1/2

ツイステッドワンダーランド/トレイ・クローバー×リドル・ローズハート

※子育てをしているトレリドです。捏造された子供に名前と人格があり、喋ります。
※直接的な描写はありませんが、男性も妊娠・出産が可能な世界です。

自分たちと全然タイプの違う子供たちを育てている数十年後のトレリドです。
大丈夫な方のみお読みください。

2ページ目はトレリドメインでないおまけ(よそんちの子供に最悪の絡み方をするフロイド・リーチ)です。

 

飛び去る翅の下で

 

子供たちに帰宅を促すチャイムが鳴っている。空はまだまだ明るいが、民家の屋根や塀には赤い光が落ち始めていた。そこに、箒を引きずって歩く、ぽっちゃりとした子どもが一人。この辺りの子どもではなさそうだ、と見とがめたデュースは、それが誰かわかった瞬間に声をかけた。
「チャーリー!? おい、チャーリーじゃないか!」
「ああ、デュース。こんにちは」
「もうすぐこんばんは、だ。どうしてこんなところに?」
チャーリー・クローバーは、箒と反対側の手で抱えていたサッカーボールを持ち上げるとしゃあしゃあと言い放った。
「マジフトの練習をしてたんだ。そしたら迷ってしまってね。丁度交番に行くつもりだったんだよ」
両親の才覚を受け継いだのか、産まれもっての資質か。はたまたそれらを妨げない環境と本人の性格か。8歳にして成績優秀、体型とは裏腹にスポーツ万能。その上、もう箒に乗り始めていることからわかるように、既に魔法を発現させている。実力に裏打ちされたガキ大将である。少なからず自信過剰で、しかも“自分が失敗するわけがない”と思っているタイプではなく、“失敗しても最終的にはなんやかんやどうにかできる”と思っているタイプなので、やりたいと思ったことを行動に移すのに一切の躊躇がない。それが今、自宅から離れた隣町の端で迷子になるという結果を招いている。マジフトのディスクよろしく、ボールを浮かしながら飛んでいるうちに、いつのまにか見知らぬ場所にいたという。
デュースはため息をつくと、警察仕様のマジカルホイールのヘルメットを手渡した。
「家まで送ってやるから、ほら」
「いいの? やった」
ヘルメットをしっかりかぶったのを確認すると、持ち上げてタンデムシートに乗せる。
「よいしょ……っと……! お前、また重くなったんじゃないか?」
「ウェイトがある方が喧嘩する時は有利なんだよ。デュースがそれを知らないとは驚きだね」
「そもそも、喧嘩はするな」
「でも、向こうが先に悪口を言うんだよ」
デュースの顔が曇る。確かにこの子どもは体型を馬鹿にされる機会がとても多い。そう言う時はどうするべきか、どう返したものか。デュース自身、売り言葉に買い言葉で喧嘩を買った経験はいくらでもある。言葉選びに悩んでいる間に、チャーリーはあっけらかんとして言った。
「“デブ”って言ってくるやつを素早くはね飛ばしてやると、“どうして”って顔をしてとても面白いんだ」
「お前はたくましいな…………親御さんに心配だけはかけるんじゃないぞ」

とっぷりと日が落ちた玄関ポーチにリドルは一人、座り込んでいた。デュースは軽く会釈をすると、チャーリーを下ろしてやりながら囁く。
「そら、怒られてこい」
「えー……」
「シャーロット・ローズハート=クローバー!!!!!!!!」
ただでさえ怒りっぽい方の父親が声を張り上げて彼女をフルネームで呼ぶのは、怒りが最大に高まった時だ。それを知っているので、少女は足を止めて身を竦めた。けれど父親は猛烈な勢いでポーチを立ち、駆け寄ってきて膝をつくとチャーリーの肩をがしりと掴んだ。
「キミは、一体何をしでかしたのかわかっているのかい!」
「……ただいま、お父様」
「無事に帰ってこられたからよかったものの——どれだけ心配したと思っているんだっ! デュースにも迷惑をかけて!」
「でもお父様!」
「でもじゃあない!」
ああ言えばこう言う、とチャーリーとリドルの口論が始まった丁度そのとき、玄関からトレイが、乳児を抱いて出てきた。服の裾を掴んで背後に隠れるようにして、幼児も一人。父親が二人に、4歳下の弟のロランと8歳下の妹のエディス。これが、チャーリーことシャーロット・ローズハート=クローバーの家族だ。
「世話になったな、デュース。夕食食べて行くか?」
「いえ、まだ勤務時間中なので……。あの、クローバー先輩」
「なんだ?」
「もう少し痩せさせた方がいいんじゃないですか?」
「うーん、俺もそうは思うんだが……運動量は十分すぎるくらいだし、食事を減らしたら動けなくなっちゃって……リドルも、健康に支障がなくて本人が気にしていないなら、子供に無理なダイエットはむしろ良くないって言うしな」
サッカーと野球が好きで外遊びばかりしているというのに、体質の問題なのだろうか、成長期になればどうにかなるだろうかと雑談をしながら隣を見やると、言い合いはなおも続いている。
「一人で帰ってこれるつもりだった! たまたまデュースが見つけてくれたけれど、自分で交番に向かっていたところだったんだ!」
「デュース“さん”だろう! 敬称をお付け! いいかい!」
ぐ、とリドルの眉間に皺がよる。涙をこらえている、とわかるのは大人だけで、子供にはより怖い顔に見えただろう。
「お前が“何とかなる”って思っていることは、誰かが“何とかしている”ことなんだ。お父様は、お父様とパパでどうにかできない範囲にキミが行ってしまうことが心底恐ろしい。どこか遠くで倒れたら? かわいいお前が誘拐されでもしたら? ——そうして二度とここに帰ってきてくれなかったら、と思うと本当に怖いんだよ。どうかわかっておくれ」
「………………ごめんなさい」
まだ表情に強情さを残してはいるが、何とか絞り出した言葉を受けて、リドルはやっと眉間の皺を弛める。そして娘を固く抱き締めた。

***

明け方の空は澄みきって、晩夏の肌寒くなり始めたような空気の匂いがする。
「……じゃあ、身体に気をつけて。変なものを食べるんじゃないよ」
「父様はいつまで経っても心配性だなあ」
「陽光の国まで箒に乗って行こうなんて馬鹿はするなよ。ちゃんと鏡を使うように」
「そんなことしないよ。父さんは私のこと信用していないの?」
「日頃の行いだよ。ねえ、規律を守るのは無理でも、なるべくマナーは守るんだよ」
「着いたら必ず電話するんだぞ」
「わかってる、わかってるって。もう行かなくちゃ。NRCと違って馬車のお迎えはないんだから」
チャーリーは、すっかり古びた箒にくくりつけた荷物を確かめて、リュックサックを背負い直した。
エレメンタリー高学年以降、成長期の訪れと共ににょきにょきと伸びてしまった背を屈めて、リドルのキスを頬に受ける。追い抜いたのはミドルスクールに入ってすぐの頃だったか。今のチャーリーを見て、“太っている”という印象を受ける人は少ないだろう。同年代の平均より依然として重いが、どこかで運動量と食事量と成長量の釣り合いがとれたのか、肉に埋もれていた端麗な目鼻立ちを取り戻した現在の彼女は頑健で大柄な、迫力のある美少女、といった風体だ。16年間ともに暮らしてきた家族にとっては少しも変わったところはない。けれど、彼女のことを「まるで羽化したようだ」と形容する人もいる。
ぽん、と頭に被せられた帽子はトレイのもので、かねてから欲しいとねだっていたものだ。少し古い型のハットは、チャーリーの若草色の髪に誂えたように映えた。
「……それじゃあね!」
スレートグレーの瞳をにっと細めて、思いきりよくチャーリーは飛びさってしまった。

「……寂しくなるな」
「……そうだね」
リドルは感傷的になっているのか、自然と階段を登り、チャーリーの部屋へと向かってしまう。NRCを卒業してから結局実家には戻らなかった自分に重ねてしまっているのだろう。散らかった部屋にはまだ彼女の存在が濃く残っていて、持ち主がこのまま帰らないなんて少しも感じさせなかった。
「まったく、あの子は最後まで部屋を片付けないんだから」
床に散乱した雑誌を拾い上げる。マジフトに出会ってからはラギー・ブッチのファンで、インタビューが載った雑誌は必ず買っていた。
「ラギーに伝えたらちょっと照れ臭そうにしてたよな」
「サインが下手、と言いながらも送ってくれたよね。ああ、ほらそこに飾ってある」
若者向けのコスメラインの黒いアイシャドウパレットが無造作に落ちている。トレイやリドルには理解し難いゴス系バンドに傾倒した頃目蓋に塗っていたものだ。
「あの頃は本当に……びっくりしたよな」
「これはどういうものなんだろうって、リリア先輩やケイトに聞いてしまったものね」
音楽に詳しい友人二人に電話をしたのは、あまりにも未知のものすぎて不安になったからだ。これは何かカルトじみたものではないか、ミドルスクールの女の子が触れて大丈夫なものか、と。二人とも大笑いして、「放っておいてやれ」と言うのでひとまずおかしなものではなさそうだ、と胸を撫で下ろした。結局今でも理解はできていないが。
「同じ頃だったか?バリカンで……」
「その話は無しだよ!」
一体何を思ったのか、ある日突然頭髪の一部を除いてバリカンで3ミリに刈り込んでモヒカンにしたことがあった。これにはリドルも仰天し、それで学校に行くつもりかと遅くまで言い争ったものだ。
「よりにもよって“これ”を残すんだもんな?」
「問題はそこじゃないだろう! 全くキミはチャーリーに甘いんだから!」
学習机の椅子に腰かけたリドルの髪をすくいながらトレイが笑った。一房刈り残して垂らされた前髪にはリドルから娘たちへ遺伝した触角のような特徴的な癖毛がしっかりと残されていて、反応に困るものがあった。「いついかなる時も自分は最高だ」というような顔をしている彼女が、唯一コンプレックスに感じている部分だとばかり思っていたので。
「そのバリカンでロランの髪を切ってやってたこともあった」
「珍しくロランの世話を焼いてるな、と思ったらあんなに短く刈って……」
弟が好きなお菓子作りをする時に邪魔でないように、という彼女なりの気遣いだったが、美的センスが合わず、結局はロランを泣かせただけだった。
「俺は一番上って、自然と下の面倒を見るものだと思ってたよ。エディスと二人で留守番させた時のこと、覚えてるか?」
「ああ、用意しておいた昼食を食べるのも忘れてずっと二人で遊んでた時のことだね。——キミはそうだったかもしれないけど、あの子はあまりそういう子じゃなかった」
弟妹を可愛がってはいるのだが、細やかに世話を焼いたり面倒を見るのは下手な長女だった。翻って言えば、トレイが遥か昔から他者の世話を焼いてきたのは、トレイ自身の優しさや気質によるところだったということである。
「エレメンタリーの頃は、喧嘩して学校に呼ばれたことだって何度あったことか」
「訳もなく暴れるような子じゃあなかったけど」
見た目を理由に暴言を吐くような子の相手なんかしなくていい、そう伝えても売られた喧嘩を倍額で買ってしまうような子だった。身体が縦に伸びるにつれ、喧嘩を売られることはなくなってきたのだが、その分暇をもて余して危なっかしい行動は増えた。
「まさか俺たちからあんな子が育つとはな……」
「本当に滅茶苦茶な子だった」
「でも——楽しかっただろ?」
「……そうだね」
お互いに年齢を重ねた顔を見合わせてから、チャーリーの部屋を見回した。トレイとリドルのどちらにも寄らない、突拍子のない子供だった。気を揉むことも多かったが、特にリドルにとっては、救いでもあった。
「あの子がボクとは違っているんだとわかる度に、嬉しかった。ボクがされて辛かったことをしないでいられてるんだって」
子は親のトロフィーではない。独立した他者であり、自らが望む結果のために他者を歪めることはけして許されることではない。けれど、子という他者が育った結果を受けて、親としての行いを振り返ることはそう悪いことではないだろう。
「寂しいよ。あの子はどこまでも一人で行ってしまうんだなって」
「そうだな——でも、あいつが行きたいところへいけるのなら、それは喜ばしいことじゃないか」
トレイが肩に置いた手に触れて、リドルは少し寂しく微笑んで頷いた。
「ただ、健やかに生きていてくれさえすればいいと思う。一緒にはいられなくても」
窓の外の空を見上げたその時、階下からロランとエディスが二人を呼ぶ声がした。
「まだ二人いるし、ホリデーには帰ってくるんだ。寂しがってる暇はないだろ?」
「うん」
12歳のロランはよく思い悩んで抱え込んでしまうことがあるし、エディスは8歳にしてはぽややんとして空想がちで危なっかしい。それぞれに心配で、それぞれに面白い。隔てなく同じように育てたつもりでも、三者三様に違っている。惜しみ無い愛を伝えて、悪いことをしたら叱って、できる限りにやりたいことをさせてきた。それが、遥か昔の子供時代のリドルを、今さらになって救うような気がした。

***

鼻唄を歌いながら、チャーリーは飛ぶ。それは彼女が好きなバンドの隠れた名曲なのだが、知っている人が聴いたところでそうとはわからないほど調子外れだった。いつも自信満々に何でもできるような顔をしているが、片付けと料理と音楽だけは苦手なのだ。
出勤途中の車に乗った男がそれを見て、路肩に寄せながら声をかけた。
「チャーリー!? ちょっと、何やってんの、こんな朝早くに」
「ああ、エース。おはよう」
「お前ね、エース“さん”でしょ。昔から偉そーなとこが誰かさんそっくりなんだよね。で、どこ行くの?」
一旦箒から降りて、長い髪をハーフアップに結い上げて団子状にする。内側の3ミリに刈り込んだ部分がさらけ出された。そして帽子をかぶり直すと、少女は片眉だけを上げて不敵に笑った。
「行きたいところさ」

「エースにデュース。来てくれてありがとうな。ロランとエディスは食が細いから、助かる」
「トレイ先輩、俺らもいい加減いい歳なんでそんなには食べられないっすよ」
「チャーリー、今の僕たち二人分は軽く食べてたじゃないですか……」
「キミたちだけで足りるかどうか……ケイトも呼んだのだけど、来られなかったんだ」
つい癖で作りすぎてしまったから、夕食を食べに来てほしい。その誘いに乗ってデュースと二人でローズハート=クローバー家に向かう。両親は二人ともどこか気がそぞろだったが、努めて平常通りに振る舞っていた。着いたら必ず連絡するようにと言い含めたにも関わらず、未だに何の連絡もないという。本当は心配で仕方ないのだが、チャーリーの性格を加味して、子離れのためにぐっと堪えているようだ。
いまだ家庭に大きな存在感を残している少女の目撃情報について話すことで、少しは慰めになるだろうか。エースが丁度話そうと思ったところで、廊下の固定電話が鳴った。リドルがすっ飛んでいって受話器を取る。
『もしもし、父さん? チャーリーだけど』
「まさか今着いたのかい!? 随分遅かったじゃないか! まさか本当に箒一本で行っちゃいないだろうね——」
『うわっ、お父様か! そ、そんなことしてないよ! 本当は昨日着いてたけど、ちょっと荷解きに手間取って——』
「本当かい? キミはすぐ無鉄砲をするんだから——」
「やれやれ、だな」
トレイがため息をついたのも束の間、今度は玄関のチャイムが鳴る。今夜はこれ以上の来客はないはずだが、と怪訝そうにドアを開けると、通りに馬車が停まっていた。ナイトレイブンの黒い馬車とは違っているが、匹敵するほど格式の高いものだ。車体には、陽光の国の名門全寮制女子校のエンブレムが刻まれている。
「シャーロット・ローズハート=クローバーさんのお宅ですね? お迎えに上がりました」
「……えっ?」
「特別な日のお迎えは馬車と決まっているでしょう? 娘さんからお聞きでないですか?」
「あー……その……」
痛い沈黙が降りる。
「……ねえ、チャーリー。今馬車が来ているのだけれど……」
『えっ、来てるの? いらないって連絡したのに……』
「…………」
すう、と息を吐くと、リドルは受話器に向かって叫んだ。
「シャーロット・ローズハート=クローバー!!!!!!!!!!」