ツイステッドワンダーランド/トレイ・クローバー×リドル・ローズハート
2022年3月19日のトレリドワンライ参加作品です。 お借りしたお題:『記憶』『会いたい』
目を閉じる。締め切った窓の向こうから、かすかによその子達が遊ぶ声がする。合わさった声は特徴がかき消えて、その中にチェーニャやトレイの声を見つけ出すことはできなかった。
魔法はイマジネーションだから、想像力を鍛えるのは良いことだとお母様は言って、たまに家の中のちょっとしたものを隠してしまうことがあった。例えば調理器具や日用品なんかだ。それを想像して絵に描いて、召喚してごらんなさい、と言うのがお母様なりのトレーニングだった。荒唐無稽な空想では駄目だ。具体性と説得力のある想像でなければならない。トレイとチェーニャに会えない寂しさから、せめて庭の花が友達になってくれればいいのに、とほんの手慰みで花に目と口を描いただけでお母様は大層お怒りになられた。それ以来リドルは、日頃学習に使っている書籍の内容は勿論、目にしたものは何でもしっかり事実のままに覚えるようにときつく言いつけられた。
お母様はまだ戻らない。ドアと窓はしっかり鍵がかけられている。リドルは目を閉じたまま、テーブルの向こうにトレイやチェーニャが座っているのを“想像”した。朗らかな笑顔。自分よりも少し高い背。花の色をした髪と、若草の色をした髪。二人とも瞳の色はお日様の色。
想像の中の二人と遊ぼうとする。でも、どう動かしてもそれらしくならない。二人はいつだってリドルが知らない、想像もつかないような遊びを教えてくれた。お母様が連れてきた“おともだち”のように、大人しく座って本を読んでいるところなんて想像もつかなかった。
想像のトレイとチェーニャに手を伸ばす。あの時手を握ってくれたのはトレイだった。けれど今そこには何もない。何も。
「会いたいなあ……」
***
話し合いは上手く行かなかった。スマホも取り上げられて、靴もコートも隠されてしまった。
勉強机に向かって、深く息をつく。張られた頬がまだ熱い。けれど、エースに殴られた時の方がずっとずっと痛かったな、と思う。あの時は怒りで我を忘れていた。今はただ——悲しい。
正論としては、対話を重ねて理解を得るべきだ、と思っている。けれどそれは不可能なのだ、と直感的にわかってしまったからだ。長年他者に従って生きてきた心は、頭は、その他者との間に決定的な断絶があることを理解してしまったときにどうすればいいのかを知らない。
今は何も考えたくない。早く学園に戻りたかった。不意に窓の外を見て、昔していた想像のことを思い出す。目を閉じて、トレイがベッドに腰かけているのを想像する。
(トレイ、こんな時トレイならどうするの)
記憶の中のトレイは答えない。お母様の次はトレイ、こんな時まで他者に答えを求めるのか、とリドルは自嘲した。そもそも想像の中のトレイが、リドルが知らない答えを出せるわけがない。もう子供ではないのだから、わかっていた。
ふと、気がつく。こういう時に想像するのが、なぜケイトではないのだろう。クラスや部活が同じジェイドやシルバーでも、同学年の寮長仲間であるアズールやカリムでもなく、また目をかけている後輩のエースでもデュースでもない。学園のことを恋しく思うなら、その誰かや全員でよかったはずなのに、なぜ記憶の中のトレイを求めてしまったのだろう。
ベッドに腰かけて、記憶の中のトレイに触れる。自分よりはるかにしっかりとした体つきに、優しく名前を呼ぶ声。あの頃から変わらない微笑みと、眼鏡の奥からこちらを見つめる視線。それらに触れて、そして触れられたいと思う。その意味に思い当たったとき、口から言葉が漏れていた。
「……会いたい」
***
仕事は好きだ。勤務時間も労働内容も大変なものだが、結局自分は他人に関わって問題を解決することに喜びを感じるのかもしれない。しかし、それと“早く帰りたい”と思ってしまうことは別なのだと思う。
トレイはもう先に帰っているだろう。早く帰って、抱きしめあって、一緒に食卓を囲んで、一緒に眠りたい。ふとそう考えるとき、最早わざわざ想像する必要もなかった。目をしっかりと開いて、街灯の下を早歩きで進む。玄関のドアを開けるその時まで一人だが、もう虚像は必要ない。
「ただいま。会いたかったよ、トレイ」
たかだか数時間に、大袈裟な物言いだ、と自分でも思うが、トレイはそれを笑わなかった。
「俺もだよ。お帰り、リドル」
包み込むようにぎゅうと抱き締められると、視界がトレイでいっぱいになる。トクトクと聞こえる心臓の音は、何よりもリドルを安心させる。記憶の中の想像ではない、実体の温かさに確かに触れていた。今度はそれを、いつまでも憶えていようと思った。