ツイステッドワンダーランド/トレイ・クローバー×リドル・ローズハート
2022年4月2日ワンライ参加作品 お題:開花
これも違う。リドルはため息をついて、本を書架へと戻した。
「もういいんじゃないか? そのうち落ちてなくなるさ」
「認識が甘いよ。何か重大な魔法疾患や呪いだったらどうするんだい」
梯子の下で待つトレイの喉笛からは、一輪の薔薇のつぼみが伸びている。副寮長の身を案じて深刻に捉えたリドルはそれが何なのか探るために、図書館を訪れていた。
——ああ、まずいな、とトレイは取り繕った表情の下で焦る。これが何なのか、トレイはとっくに調べがついてしまっているし、記述を含む書籍を借り尽くしている。それがリドルの目に触れることを避けたかったからだ。
それは確かに呪いだった。妖精が人間にかける呪いで、恋心を栄養に育つ花を身体のどこかに植え付けられる。開花したその花の香りを嗅いだ意中の相手は、たちまち宿主に恋をする。妖精が、縁結びの祝福とも取れる干渉を人間相手にする事例は稀にあり、古くは眠っている男女の瞼に惚れ薬を垂らしたこともあるという。
しかしトレイにとっては忌々しい呪いでしかなかった。なぜなら、トレイはリドルの心をねじ曲げたくはないし、恋心を抱いていることすら気取られたくはなかった。劣情を含む感情を抱きながらリドルに並び立つことが後ろめたかったし、やっと心の自由を持ち始めたリドルに恋愛はまだ焦燥ではないかという保護者気取りの僭越もあれば、自分を選ぶとしてもそれは雛鳥の刷り込みじみた勘違いではないかという傲慢もあった。
ゆえに、トレイは即刻その薔薇を剪定した。握りつぶした。しかし、つぼみは何度でも痛みを伴って生えてきてしまう。こうなれば、恋愛感情が絶えて枯れさせるしかないと思ったが、リドルはトレイの身に起こった不調に気がついてしまう。そうして、一緒に図書館へ行って、気遣われながら調査をする度に、トレイはリドルのことを好きになってしまうのだった。
「今日も収穫なし……か。タイムリミットがあるようなものでなければいいのだけれど。例えば、開花してしまったらどうなるんだろう?」
「さあ——見当もつかないな」
ずっとつぼみのままなのは、開花する度切り落としているからなのだが、リドルはそれを知らない。図書館の閉館時間が来てしまって、共に寮へと帰る。
エントランスの薔薇並木を見て、トレイは小さな声で呟いた。
「開花しないままなら、塗られることも落とされることもないのにな」
恋愛感情かどうかもわからない、ただただ大きな感情なら、抑圧する必要もなかった。けれど、トレイは自分が本当は何を望んでいるかの自覚がありすぎた。
「トレイ?」
「——何でもないよ。ごめんな、つきあわせて」
不安げに見つめるスレートグレーは、本気でトレイの生命を心配しているのだろう。生命の危険はないと一方的に知りながら時間を奪うのは、あまりに不誠実だとわかっていた。だから、次に開花したなら、それでおしまいにしようと思う。せめてそれまでは、このままの関係で過ごす放課後を惜しんでいたかった。
「——なるほど」
瓶に詰めて密封された薔薇とトレイが差し出した文献を交互に見て、リドルは平坦に言った。
「本当に悪かった」
自白して頭を垂れるトレイの喉からは、花を切り落としたばかりの茎が伸びている。これはすぐに枯れ落ちて、また新しい茎が肉を裂きながら生えてくるはずだった。
「トレイ、顔をお上げ」
「——? っ!?」
唇に柔らかいものが触れて、トレイは混乱する。いつの間にか椅子を立ったリドルが、寮長室のソファに腰かけたトレイの顎をすくうように口づけをしていた。いつだって、真実の愛のキスは呪いを解く特効薬だが。しかし。これは。
喉元の薔薇が枯れる。激痛に備えてぎゅっと顔をしかめるが、いつまで経っても新しく抑圧すべき芽生えはなかった。
「キミが落とすべき花なんてなかったんだよ」
気付いていなかったとお思いかい、と少しムッとしたような照れたような表情で言ったリドルの腕を引くと、トレイは膝の上に抱いた。
「ちょっと、トレイ! 本を返しに行かないと」
「ダメか?」
きつく抱き締めて、首筋に顔を埋める。文句を言いながら、リドルもおずおずと腕を回してくる。これまで押さえつけて、それでも溢れてきたものが、ジャムにするほどあった。けれど、もうその必要はなかった。