ツイステッドワンダーランド/トレイ・クローバー×リドル・ローズハート
2022年4月30日ワンライ参加作品 お題:卵、春嵐
“卵を割らなければオムレツは作れない”——そんなことわざがある。子どもの頃、新聞だかカレンダーの隅だったかでその言葉を知って、確かにそうだ、と思ったことをよく覚えている。卵を割らなければオムレツだって、目玉焼きだって、ケーキだって、クッキーだって作れない。当たり前だ。
料理を始めたばかりの頃、卵を割るのが下手だった。混入した殻を取り除くのはわずらわしかったし、今度は上手く割れるだろうかと緊張していた。そんな失敗や緊張が、最終的な成果にたどり着くためには避けられないということを、その言葉は肯定してくれたように思う。
一方で、最近はこうも思う。“一度卵を割ってしまったら、もうゆで卵にはできない”。後から、やっぱりゆで卵がよかったと思っても、もうその卵はオムレツなり目玉焼きなりになるしかない。つまり、最終的に得たい成果が何なのか、よく考えてから行動することも大切だと思うのだ。
「マレウス先輩はすっかり腕を上げたね。今回のスフレオムレツは絶品だった」
「——ああ、そうだな」
大食堂を出て、廊下を歩く。スフレオムレツを食べるリドルを見ていて、彼とどうなりたいのかつい考え込んでしまった。
3年生になってから、自分がいなくなった後の事は公私共によく考えてはいるが、春が来て、学年の折り返しだと思うと、感傷的な思索が増えてくる。中でも、秋口にやっと本心を話せるようになった幼馴染みの存在は大きかった。
シンプルな料理ひとつに、にこにこと笑うリドルを愛らしく思う。自分がもっと、色々なものを食べさせてやりたいと思う。けれどそう思う感情が何なのか、恋愛感情なのか、そうでないのか、よくわからなかった。恋愛感情でなくとも、相手の事をかわいいと思ったり、触れたいと思うことはあるかもしれない。逆に、恋愛感情はあってもそうは思わないこともあるのかもしれない。恋愛ごとには興味がなく、これまで深く考えてこなかったので、自分の胸中に戸惑うばかりだった。ひどくほっとする感覚と、ざわざわとする感覚が、同時にあるような。この春の嵐のような心は何なのだろう?
「トレイ? どうしたの?」
「なんでもないよ」
「……そう」
寮に着いた時、強い風が薔薇の木を揺らしていた。気候が妖精によって管理されている学園でそんなことは珍しい。妖精の機嫌でも悪いのかな、と話しながら、妖精たちの春の祭典が巻き起こす騒動など予想もしていない。リドルの髪にひらりと落ちた花弁を取ってやりながら、こんな時間がいつまでも続けばいいと願ってしまった。閉ざされた卵の殻の内側のように。
けれど、吹く風を止めることができないように、その殻は間もなく割られてしまう。頭の上にかざされた手を、リドルがどんな熱のこもった視線で見上げているのか、考えもしていなかったのだ。オムレツにしたってゆで卵にしたって、最終的に割って食べることは変わらない。割って食べる決定権が自分にだけあると思っていたのが、そもそも思い上がりだったのかもしれない。雛が殻を割るように、リドルはおずおずと好意を告げてきた。自分の感情が何なのかの答えは出ていなかったが、それに応えたいと思った。それが全てだった。