雲のかたち

ツイステッドワンダーランド/トレイ・クローバー×リドル・ローズハート

2022年5月14日ワンライ参加作品
お題:雲

 

『チーズかにゃあ~』
『いや、あれはケーキだよ』
『じゃあチーズケーキかね』
『リドルにはどう見える?』
『どういうこと? 雲は雲じゃないの?』
『わかってないにゃあ、好きなように見たらいいがね』
『好きなように、って……』
『楽しいものなら何でもいいんだよ』
原っぱに寝そべって雲を見る遊びをリドルとしたのはその一度きりだった。地べたに横になることはおろか、座ることすら難色を示した彼が針金のように突っ立っていたのを覚えている。困惑した顔でこちらを覗き込む瞳は雨雲の色だと思った。
リドルが再び天を仰いだとき、チーズ。ケーキ、もしくはチーズケーキに見えた雲は風に流されてもうどこにもなかった。
『あ……』
見落としたリドルが、寂しそうな声をもらす。
『今日は風が強いにゃあ』
『そうだね、じゃああっちのは?』
トレイが指差したのは、小さな雲の集まりだった。トレイ自身の答えはもう決まっている。けれど、リドルが何かに見立てるまで待っていた。チェーニャも同じだったのか、それとも単に思い付かなかったのかはわからない。少しのあいだ風の音だけが響いて、それにかき消えそうな声でリドルが小さく『……薔薇』と言った。
『え?』
『薔薇の形……だと思う。変かな?』
恐る恐る、と言った様子だった。正解も不正解もないというのに。
『変なんかじゃないよ』
『確かに、花びらが散るみたいだにゃあ。ま、俺にゃあ巻き貝に見えるがね~』
『俺はスノーボールクッキーみたいだって思った』
『えっ!? ……そっかあ、本当に何でもいいんだね』
あの頃は、屈託なく意見の相違を告げられていた。各々好きなものを勝手に見立てる雲のように、どういう風にもなれる気がしていた。けれどその後の自分達は、風に散らされる雲のように無力だった。

***

「何に見える?」
「うん? ……ハリネズミかな」
今日の寮長は、いつものティータイムを薔薇の迷路の中のガーデンセットで過ごしていた。夏に近づいていく空は16時でもまだ明るい。トレイが指した雲を、リドルは丸まったハリネズミに見立てた。
「俺は薔薇とトゲかと思ったよ。そういえば子供の頃は、お前が雲を薔薇に見立ててたよな」
「雲に見るほど楽しいものを、あの頃はあまり知らなかったからね。今でも薔薇を美しいと思うことに変わりはないけれど」
見立て遊びをするには、当時のリドルは回答の選択肢を多くは持たなかった。咄嗟に、娯楽というものがほとんどないローズハート家においてほとんど唯一の嗜好品だった庭の薔薇を思い出したのだと述懐する。
「ほら、キミも席についてお茶をお飲み」
「はい、寮長」
今日のおやつはシンプルなベイクドチーズケーキだった。リドルは上機嫌に、フォークで切り分けた小片を口へ運んでいく。
「リドル」
「……わっ、何だい急に」
その頬に、トレイはそっと触れた。
「欠片がついてた」
「い、言ってくれれば自分で取れる」
雲とは違う。しっかりと触れることができる。これから二人で色々なものを見ていこう。もう二度と散り散りにならないよう、手を繋いでいきながら。それは雲を掴むような未来ではない。