薔薇よさらばと言わないで - 1/8

ツイステッドワンダーランド/トレイ・クローバー×リドル・ローズハート

※本編に登場しない役職の捏造を多く含みます。
※名前ありモブが出てきてたくさん喋ります。
※一章の保健室後からオイスターソース入りイチゴタルトまでの時系列です。

ノベライズp261の「寮長や副寮長の他にも、寮には色んな係りがあるんだよ」という“監督生”という役職についてのセリフから思いついたお話です。
ハーツラビュル内乱選挙戦のトレリドです~!
3派閥に分裂してしまったハーツラビュルで、一時的にトレイはリドルから離れることになり……!?というお話。
イメソンはSwingrowersの『Rose』ですこの曲マジでトレリドなのでよろしくお願いします

 

談話室に集められた寮生たちは、歌う時のように整列してはいなかった。ざわざわと、不安げな声や気をまぎらわせるような軽口が渦巻いている。けれどチェッカー模様の床をコツコツと叩くヒールの音がして、ぴたりと静まり返った。先日のオーバーブロット事件や、それ以前の圧政の傷は深い。目に見えて傷を負い、まだ療養中であるにも関わらず赤き支配者に向けられた視線は冷ややかだった。
「全員集まってくれて、ありがとう。改めて謝罪をさせてほしい」
寮長の隣には副寮長。まだ歩けるようになったばかりの寮長がいつバランスを崩しても支えられるよう、ぴったりと連れ添っている。視線を2秒交わして、リドルは意を決したように、真っ直ぐに寮生たちを見た。
「すまなかった。……本当に、ごめんなさい」
きっちりと腰を折り、深々と頭を下げる。赤い髪がさらさらと重力に従って垂れた。首を差し出すようなお辞儀に、寮生たちは息をのむ。
「これからはキミたちをけして傷つけない。少しずつ変わっていくから、もう一度ボクを信じてついてきてもらいたい」
寮生たちのほとんどは、避難していたためことの顛末を知らない。けれど、あのリドル・ローズハートが頭を垂れている、というのは衝撃だったようで、ざわめきが起こった。
再び顔を上げた女王に、その場にいた寮生のほとんどは、トランプ兵へと戻りつつあった。優秀さにおいて疑う部分は、ない。留年や退学が無かったことも、事実。上に立つものとしての、威厳もある。これで以前の苛烈さが低減されるのなら言うことは無いのではないか。その場にいたほとんどの寮生はそう思い始めていた。
けれど、真っ直ぐに上がった手がひとつ。
「3年A組、ユーディス・クロンダイクです。発言を許可願います」
「監督生……許可しよう」
“監督生”というのは、歴とした各寮に存在する役職である。寮長・副寮長に比べれば権限は少ないが、寮生の監督を任せられている。
ユーディス・クロンダイクがハーツラビュルの監督生に任じられたのは、リドルが寮長に就任してすぐ実施した、ハートの女王の法律を書き出すテストでほぼ満点だったからだ。それ以来、首をはねるほどの実行力はないものの、法律違反はそれとなく注意を促してきたし、彼自身首をはねられることもなかった——真紅の暴君が、“全員まとめて首をはねてやる”と暴走するまでは。
ユーディスは、口を大きく開け、はっきりとした声で言った。
「謝罪などされたくない。——そんなのは、今まで法律を守ってきた私たちへの侮辱だ」
「なん——何だって?」
「寮長……いやさ、ローズハート。私は貴君のことを下級生ながら尊敬に値すると思っていたが、見込み違いだったようだな」
リドルに蔑みの視線を向けたあとユーディスは、じっとりとトレイを睨む。トレイは無表情のまま、平静を装った。嫌な予感がする。
「562条すら覚えていない副寮長を置いているところからして、怪しむべきだった」
ユーディスは右頬に塗ったハートを、拳の甲で拭った。
「素晴らしきハートの女王に誓って、厳格さを緩めるべきではない。私が寮長になって、もう一度締め上げよう。貴君に決闘を申し込む」
その場にいた全員が叫び出しそうだった。が、実際にはあまりのことに言葉が出ていなかった。リドルがぐっと目を閉じ、深呼吸をして口を開いたその時、別の寮生が叫んだ。
「ふっざけんなよ! 頭おかしいんじゃねえのか!」
それは一人の2年生だった。バツが悪そうに挙手し、「2年A組ナナ・ティエン=レン! 発言してもいいですか!?」と名乗り直す。
「俺も……正直、ローズハートのことすぐに許すのは無理だ。謝られても受け止めきれない」
彼は2年生のムードメーカー的存在だ。先日十数人がハートの女王の法律第256条『夜8時過ぎに蜂蜜入りのレモネードを飲んではならない』に抵触した際も、輪の中心にいて首をはねられた。
「前の寮長のことだって、一年経っても納得いってない! あの人が寮長だったのは俺にとっては一週間だけだったけど、その間もその後も優しくしてくれた! 学園生活楽しそうだなって思えたし、あの人が寮長だったらって思うことが何度もあったんだ」
彼はリドルの前の寮長とも懇意であった。4年生になった本人はもう学園にいないが、内心ずっと抱えていた蟠りや前寮長理想視が、大きく膨らんでいたらしい。
「もう一度締め付けられるのだけは絶対嫌だ! だから——あんたがなるくらいなら俺がなる! けっ、決闘だ!」
ナナは左頬に塗ったスペードを拭い、ユーディスとリドルに人差し指を突きつけた。勢いで動いたにすぎなかったが、ユーディスの時とはまた違った沈黙が降りる。それを切り裂いたのは、トレイ・クローバーだった。
「盛り上がってるとこ悪いが、決闘は認められない。まだリドルは完全に回復してないし、無茶はさせられないからな」
「トレイ!」
リドルを手で制止しながら言ったトレイの顔を、受けて立つと言いかけていたリドルは見上げる。いつも浮かべている困ったような笑みは消え、真剣で、攻撃的な表情を持ってナナとユーディスを睨んでいる。
「でしゃばるなよ、クローバー。ローズハートの犬め——だが私も、決闘とは言ったが手負いの者をいたぶる趣味はない」
「……多少のハンデがあったところでキミたち程度に負ける気はしないけど」
「リドル!」
睨みあう二人に対し、ナナは必死に思考を巡らせていた。確かに、魔法の決闘では自分はリドルはおろかユーディスにも敵わないだろう。では、何なら勝てるのか? そしてとうとう、一つの案が咄嗟に口をついて出た。
「——あの~、決闘がダメなら……じゃあ、選挙にしない?」
「選挙?」
リドルもユーディスも、その場にいた全員がきょとんとした顔をする。
「ハートの女王の法律に選挙法はないが……まあいいだろう」
「それが必要なことなら、受けて立つよ」
かくして、ハーツラビュル史上初の、寮長選挙が始まった。
投票は2週間後。もちろん催眠魔法の類いは使用禁止。いかに自分が寮長に相応しいか、寮長になった暁にはハーツラビュルをどうしたいか、めいめい自由にアピールを行う。至ってシンプルな直接選挙だ。過半数以上の承認を経て、当選となる。
リドルにとって避けられない戦いがそこにあった。今後もハーツラビュルの女王として在り続けるためには、寮生たちの承認を得なければならない。真正面から謝ると決めた時点で、反発は予想していた。リドルは、なあなあに復帰し、水面下に蟠りを残し続けるよりも、それを受け止めて解決する方を選んだのだ。