断頭探偵リドル・ローズハートの事件簿『ドールハウス殺人事件』 - 1/4

ツイステッドワンダーランド/トレイクローバー×リドル・ローズハート

『断頭探偵』と呼ばれているリドルとそれに付き従う助手役のトレイのなんちゃってミステリです。

 

 

事件編

 

 

「『断頭探偵』のお噂はかねがね……先日はオーダック氏の遺言偽造殺人事件を解決なされたとか」

「あれは未遂ですよ。オーダック氏はまだまだご健在です」

「まあ、残念……」

「そもそもボクは弁護士であって探偵ではないのですが……ボクたちを呼びつけるに相応しい案件ですか? これは」

「素晴らしい功績には変わりありませんわ。どうかそんなことおしゃらないで。ですが今回はちゃあんと弁護士としてのローズハート先生のお力をお借りしたいんですの」

今となってはオフィス街となってしまった街中に、ポツンと一軒のクラシカルな邸宅がある。その屋敷が外観以上に物理法則を無視して広大であることは、玄関ロビーに招き入れられてすぐにわかった。その広大な空間には、パーラーメイドやそれに類する衣装を着せられた古今東西の人形がずらりと並べられて、立って、こちらを無表情に出迎えていた。

屋敷の現在の持ち主であるマリカ・ルドルチェ氏は、リドルとだけ握手をして、秘書として紹介された俺には目もくれなかった。50をとうに過ぎているはずだが、その第一印象ははっきり言って『少女趣味』だ。服装も、美貌も、甘ったるい声色も、まるでこの部屋のそこら中にあるような人形を抱いていそうな少女か、下手をすれば人形そのものにしか見えない。細かい綻びや、滲み出る老獪な意地悪さに目をつぶれば、だが。

ルドルチェ氏の背後には、二人の人間が影のようにたたずんでいる。一人は質素な服装をしたうつむきがちの女性で、もう一人は険しい顔をした立派な体格の男性。

「娘のジェニュインと、使用人のジョージですの。ジェニュインにはあたくしの仕事の補佐……見習いをさせていまして。ジョージは私の執事兼ボディガードのようなものですわ」

二人は小さくお辞儀をした。

「ジェニュイン・ルドルチェと申します。この度は、屋敷のことでお世話になります」

「いえ、こちらこそ」

フレームの大きな眼鏡で隠されてはいるが、よくよく見れば確かにジェニュイン嬢は非常に若くかわいらしい。だというのに服装や髪型やメイクは、まるで30代半ばのようだった。こうして紹介されなければ、事前に立ち会うと知らされていた19歳の資産家令嬢だと思い至るのは難しいだろう。その存在感は、この部屋にある着飾った人形たちの中ではいっそう霞んでいくようだった。

「……どうも。ジョージ・ギィです」

「ジョージは【栄光の島】の元軍人なんですのよ。ああ、それをヘッドハンティングしたときのことと言ったら、大変な掘り出し物で……」

「マリカ様、今その話は関係ねえでしょう」

なるほど、元軍人なのだとしたらその気配の消し方はおそらく作為的なものなのだろう。【栄光の島】に限った話ではないが、軍人には魔法士が多い。よくよく観察してみると、確かに腰のベルトに魔法石付きの警棒を吊り下げているのが見えた。

「今日の話し合いのお相手とはそんなにこじれていらっしゃるんですか?」

「いいえ。ですが物騒な世の中でしょう? あたくし、もう彼無しでは安心できませんの」

その腕にぎゅっと抱きついてにっこり微笑んだルドルチェ氏とは対照的に、ギィさんは無表情だ。プロフェッショナルだからなのか、それともこの二人の間ではよくあることなのか。

「やあ、あなたが弁護士のローズハート先生ですね? ご足労いただきありがとうございます」

一通り紹介も終わったところで、応接間から爽やかな笑みを浮かべた男が現れる。今回の協議相手であるはずの、イザック・ミクロノン氏だ。

「ボクはルドルチェ氏の依頼で来た弁護士ですから、あまりご期待には沿えないかと……」

「いえいえ、だとしても少しでも多くの方にこの素晴らしい建築を見ていただきたくて——!」

今回リドルが呼ばれたのは、この屋敷、通称『ザ・ドールハウス』に関する揉め事の協議のためだ。『ザ・ドールハウス』は、かつてとある一人の高名な資産家であり人形蒐集家でもある人物によって建設された。『いくらでも人形を飾れる家が欲しい』。その要望を何度と無く魔法建築士にぶつけて拡充された屋敷には、魔法建築史上の価値がある……とされている。

魔法建築。それは、物理法則や外観を無視した部屋の建て増しや、動く階段に形を変える廊下などのギミック、防犯や防災のための備えなど、建築に関する幅広いニーズを実現する魔法技術だ。懐かしいところではナイトレイブンカレッジの校舎や各寮、有名なところでは時計の街の公園の迷路にも、ふんだんに用いられていたはずだ。施すのも維持するのも莫大なコストがかかるため、公的な建物ならいざ知らず、こういった私邸に施されているのは珍しい。受け継いできた人の愛によって維持されてきたことは想像に難くない。

しかしこの屋敷の現在の持ち主は、当初この屋敷を望んだ人物の子孫であるマリカ・ルドルチェ氏だ。マリカ氏は、毎日管理人を常駐させ、数ヶ月置きに複数人の魔法建築士を呼んで維持魔法をかけねばならないこの家を処分してしまいたいと考えていた。そこに異を唱えたのが、ルドルチェ家と契約していた魔法建築士の筆頭で、ついでにマリカ氏の元夫でもあるイザック・ミクロノン氏だ。持ち主はあくまでマリカ氏なので、一見ミクロノン氏の出る幕はないかのように思われたが、かつてのルドルチェ家当主がかなり先までの保守契約をミクロノン氏が所属する魔法建築事務所と結んだことや、薔薇の王国の文化遺産保護法などを持ち出されて、事態は大いにこじれていた。

本来であればこちらの事務所など外部の目があるところで協議を進めるものだが、このミクロノン氏がどうしても協議の前に屋敷を見て欲しい、そうでなければ協議などできない、と主張したため、わざわざここまで足を運ぶ羽目になった。なのでリドルは昨日から機嫌が悪く、なだめるのには骨が折れた。

「ではバーブ、屋敷を案内して」

「はいはい、ミクロノンさん」

ツナギを着込んだ壮年女性が使用人部屋から鍵の束を持って現れる。胸元には『タカラダ』の文字。この屋敷の管理と清掃を一人で請け負っている人物らしい。⁠⁠

 

 

それから案内される部屋は、どこもかしこもその場所に合わせた装いの人形に溢れていた。

「まずここがキッチン」

「思ったよりは近代的なんですね」

「まあ、何年か前までルドルチェさんご一家が普通に住んでましたからね。改修はしてます」

「でもこんな古くさいキッチン、耐えられませんでしたわ」

「あんた料理したことないでしょうが……すみません、あたしは元々ここのメイドだったもんで」

「この環境で料理をするなんて、大変だったんじゃないですか?」

「そりゃあ、まあね。匂いがついたり油はねしたりしないように、料理する度にいちいち部屋から出して……」

「あらあ、そうでしたの? そんなこと考えたこともありませんでしたわ」

 

「それで、ここがダイニング」

「椅子が全て人形で埋まっているな……」

「そういえば、ルドルチェさんご一家はなぜこの家を出られたんですか?」

「きっかけは色々ありましたけれど……何だったかしら?」

「……その、私の進学のタイミングで、母が気に入る物件が見つかったんです」

「丁度僕との離婚で揉めていましたし……ねっ?」

「そういえばそうだったかしら? 忘れていましたわ」

 

「ここが一つ目の寝室です」

「かつて私の部屋でしたわ」

「随分立派な鏡台ですね……」

「そうね、これは引っ越しの際に持っていきたかったのだけれど、据え付けられていてできなかったの」

「これはここを建てた初代ルドルチェ氏が、ミニチュア家具の職人に人形の家具と揃いで無理に造らせたものなんですよ。ほら、そこに小さな鏡台がある。この家とセットであるべきものなんです」

 

「で、ここが九つ目の居室」

「かつて、娘の部屋でした」

「……」

「ここは一際人形が多いですね……」

「一つ目の居室にあった人形の半分以上を奥様が気味悪がって移動させたんで。……まったく、移動させるなと言い伝えられているのに」

「そうだったかしら? 私、すっかり忘れてしまいましたわ。でもジェニュインはお人形いっぱいで嬉しかったでしょう?」

「……はい、お母様」

「……広いお屋敷に大量の人形。管理人さんは大変でしょう」

「ええ、ですから掃除に丸一日、全部のお人形の手入れに丸二日。そういうペースで仕事させてもらってます」

 

「で、ここが書斎」

「もう驚きませんが……本棚に本を置くスペースがほとんどありませんね」

「そういえばこの屋敷が処分される場合、人形はどうされるおつもりですか?」

「考えていなかったわ。競売にでもかけましょうか。お人形たちも望まれるところへ行く方が嬉しいでしょう」

「まったく、屋敷あってのお人形だし、お人形あってのお屋敷だというのに……」

 

「最後に、ここが屋根裏部屋です」

「こんな狭い空間にまで、ぎっしりと人形が……」

「この家で人形がない部屋と言えば、バスルームと使用人部屋くらいでしょうね」

「ここの人形は……少し不気味ですね」

「ですが初代ルドルチェ氏は特にここがお気に入りで、暇さえあれば屋根裏部屋に入り浸っていたそうですわ」

「ここに……?」

「あれほどたくさんの人形部屋を作っておいて……?」

「きっとおかしな人だったのでしょうね。そんなおかしな人が自分のためだけに造ったものを、残し続ける必要があるかしら? もう十分ではない?」

「このヒトが理解できないからといって、価値がないと決まったわけではないでしょ? こういった浅慮から僕はこの屋敷をまるごと守りたいんですよ」

「言い争うのは後にしていただきたい。もう十分拝見しましたから、応接間へ戻りましょう」

 

 

応接間での話し合いは正に言い争いのような形になって白熱した。両者一歩も譲らず、ルドルチェ氏の顔に文字通りピシ、とヒビが入る。

「不愉快です。お化粧を直してきますわ。……ジョージ、あなたも着いてこないで。今は一人になりたいの」

「……はい、マリカ様」

ボディガードとして付き従おうとしたギィさんすら制して一方的に宣言すると、ルドルチェ氏はスタスタと部屋を出ていってしまった。

「まったく、相変わらず話の通じない女だ……」

情熱が先走りすぎる自分を棚に上げて、ミクロノン氏はぼやいた。ソファに大きくもたれて、ため息をつく。

「では、一時休憩にしましょう」

リドルもはあ、と大きなため息をつく。立場上ルドルチェ氏の味方のはずだが、ルドルチェ氏にもミクロノン氏にも、双方に苛立っているのがよくわかった。

「私はお茶を淹れてきます」

「お嬢さん、あたしがやりますよ」

『愛着があるので、屋敷と人形たちの行く末を見届けたい』と話し合いに立ち会っていたタカラダさんに、ジェニュイン嬢は淡く微笑んだ。

「バーブは休んでいて。もうメイドじゃないんだから」

「手伝いますよ」

俺の申し出に対してもジェニュイン嬢は固辞しようとしたが、人数分用意するのは大変でしょう、と言うとはにかみながら受け入れた。

 

 

先程案内されたキッチンはガスと水道が止められているということで、使用人室に備え付けられている給湯設備を使った。

茶葉を蒸らしている時、ジェニュイン嬢はいたたまれなさそうに頭を下げた。

「父と母が……本当にご迷惑をおかけします」

「いえ、仕事ですから。お嬢さんが謝ることじゃないですよ」

「二人とも癖が強くて……。特に母は『わからない』『知らない』『考えたこともない』を武器にするタイプですから、ローズハート先生のような有能な方とは水が合わないと思います」

「はは、クライアントの方々に悟られてるなんて、あいつもまだまだですね」

弁護士として事務所を旗揚げしてもう数年経つが、未だに喜怒哀楽が激しい部分は完全には直っていない。恋人としてはかわいいところなのだが。

「秘書さんは、昔からローズハート先生のことを知ってらっしゃるんですか?」

「学生時代からの付き合いなんです。別々の道へ進もうかと思ったこともあるけど……どうにも離れられなくて」

『そんなこと頼んでない! キミに進路を曲げて欲しくなんかない!』と激昂されたのも、今となってはいい思い出だ。それでも、医療の道に進まなかったことで母親と壮絶な親子喧嘩をしたリドルを一人にすることはできなかった。食い下がって食い下がって……今の関係がある。

「そう……なんですね」

俺が浸っていると、ジェニュイン嬢は目を伏せた。今は親の手伝いをしているとはいえ、まだ十代なのだ。進路に関して決めかねている部分もあるのだろう。俺も実家を継ぐかどうか迷ったことを思い出す。その頃のことについて俺は、出過ぎない程度に語った。

「ジェニュインさんは、その歳で親御さんのお手伝いをされていて、立派ですよ」

「そんな——私はただ、母の身の回りの世話や書類の整理をしているだけです。あの人はすぐ『忘れた』って言うから……」

 

 

どうにか見つけ出した6組のティーセットにお茶をいれて、盆に乗せて運んでも、まだルドルチェ氏は応接間に戻っていなかった。

「お茶も入ったところですし、俺が呼んできましょう」

そう言って部屋を出たギィさんは、しばらくするとすごすごと戻ってきた。

「駄目です……追い返されちまって……」

「あとどれくらいかかりそうかもわかりませんか?」

「それが、内側から鍵をかけられちまって。いつもこうなんですよ」

「母は化粧の最中を見られるのを嫌いますので……」

この屋敷の部屋の鍵は、専用の魔法鍵でなければ開かない堅牢なものだという。

「しかも機嫌が悪い時ほど時間がかかるときた……私も一服してきますよ」

タバコを持ってミクロノン氏が部屋を出た。

「ウギ…………」

「リドル、落ち着け」

 

 

「すみません、いつもよりも時間がかかっているようで……」

すっかり湯気の消えた紅茶を飲みながら、ジェニュイン嬢が言った。

さすがに遅すぎる! とリドルはソファを立つ。

「もう一度呼びに行きましょう」

「……わかりました。バーブ、鍵を」

「はいはい」

全員でぞろぞろと、鏡台がある二階居室へ向かった。かつてもルドルチェ氏が使用していた部屋だ。扉の鍵穴にタカラダさんが魔法石のついた鍵を一本、鍵束から選んで差し込んで回す。

ギィ……とやけに軋みながら、扉が開いた。ドアに背を向けて、マリカ・ルドルチェ氏が鏡台に向かっている。

「お母様、もう随分皆様お待ちかねです——キャアッ!?」

その肩を叩いた娘は、悲鳴を上げた。ルドルチェ氏の身体がぐにゃりとくずおれて、床に落ちる。開ききった瞳孔。首に巻きついたリボン。丹念な化粧は血色を削いでいて、まるで陶器の人形のように見えた。

マリカ・ルドルチェ氏の、死体が発見された。