ツイステッドワンダーランド/トレイ・クローバー×リドル・ローズハート
『飛び去る翅の下で』や『窓はあけて出ていけ』と同一世界観のお話になります。自分たちと全然タイプの違う子供たちを育てている数十年後のトレリドの短編集です。 ・緑色のレモネードと黄色の手帳(末っ子と皮カバーの手帳の話)→1ページ目 ・家を出るとき必ずすること(クロスワードの話)→2ページ目 ・ハロウィーンの坂(Web拍手お礼再録)→3ページ目 ・誰かと生きていく未来(真ん中とケーくんと「大きくなったらケーくんとけっこんする」の話)→4ページ目 ・吟遊詩人と小さな騎士王(ルーク・ハントが一番上にお話をする話)→5ページ目
緑色のレモネードと黄色の手帳
末っ子は今日もペンを取る。『朝食を構成するのに必要なもの』についての益体のない考えや、『友達のランチボックスの中身』を見せてもらったスケッチだったり。食についての想いや考えをつらつらと。自室で、リビングで、食卓で、庭で、どこででも思いついたら何か書かなければ気が済まないらしい。
「今日は何を書いているんだ?」
「『誰にも嫌われない最大公約数的なレモネードと、私が好きなレモネード』のレシピだよ」
「じゃあこれも書き加えてくれないか?」
そう言ってトレイは、涼やかなグリーンの液体で満たされたグラスを食卓に置いた。
「丁度暑くなってきたから、絹の街仕込みのミントレモネードを作ろうと思ってたんだ」
「やった~! 飲む~!」
パタリと閉じられて食卓のすみに追いやられたそれは、そこら辺のファンシーショップで300マドル程度で売られていそうな厚めのノートブックだ。表紙全体にスパンコールが縫いつけられていて、撫でると色が変わる。
「ちょっと前まで、ハート柄のノートじゃなかったか?」
「もうページ無くなっちゃった」
見れば、スパンコールのノートももう残りページは少ない。聞けばぼんやりしていて書き途中で失くして新しいものに続きを書いてから前のものを見つけてまた書き直す、ということもよくあるようで、正確にどれが何冊目かもよくわかっていないらしい。トレイはふむ、と考えた。
「というわけで、お前ももうエレメンタリーを卒業するんだし、ちょっといいものを持ってもいいんじゃないかと思ってな」
「パパと同じのだ! やった~!」
プレゼントの包みから、彼女の目の色に合わせたイエローの革のカバーが爽やかなシステム手帳を取り出すと、末っ子は抱き締めてくるくると回った。
「これなら失くさないし、中身を入れ替えてたくさん書けるだろ?」
「うん! 大事にするね! ありがとー!」
「いい選択だね。喜んでくれてよかった」
「ああ。いい相棒になってくれるといいんだが。長持ちするのは実証済みだしな?」
「まったく、いまだに使っているなんて、驚いたよ……」
「俺がもらって嬉しかったものをあげたいと思うのは普通だろ? ……これで、もう少し落ち着きを持ってくれるといいんだが」
結論を言えば、末っ子が書く量は実質2倍になった。システム手帳をいつも持ち歩いて、これまで以上にリフィルいっぱいに何かを書き散らすようになった。そして、お気に入りのポップなノート達を、考えたことを整理してまとめて集積するためのものとして使うようになった。
あの子がすっかり独り立ちする時、風合いを増したシステム手帳も忘れずに携えていき、後にはクローゼットの紙袋いっぱいのノートが残った。そのうちの一冊を何気なく開くと、緑色のサインペンでレモネードが描かれている。
「もうそんな季節かな……」
もう戻らない夏を思いながら、トレイはミントレモネードのレシピを再調整しようと思い立った。また二人になってしまった食卓のために。