トレイ・クローバーの朝(あした)※いただきもの

ツイステッドワンダーランド/トレイ×リドル

第2回推しカプを賭けたマリオパーティでの勝者報酬として、敗者である眞野鶯さんに書いてもらったトレリドの小説です。

眞野鶯さんの許可を得てここに掲載させていただきます。やった~~~!

 

注意事項

・リドルが出てきませんがトレリドは存在します

・5章までのイベントが起こった前提ですが進級とか時系列は考慮してません

>>8/10 夕刻

>>「モストロ・ラウンジ」

 

「御予約のトレイ・クローバー様。ヴィル・シェーンハイト様。お席へご案内いたします」

うだるような暑さから逃れた生徒たちでごった返すホールは、静寂と、次いでざわめきに包まれた。あのヴィル・シェーンハイトがモストロ・ラウンジを訪れた——それだけではない。組み合わせが、問題なのだ。ヴィルとトレイだから?否。トレイ・クローバーの隣にリドル・ローズハートがいないことが、普通ではないのだ。

リドルとトレイ、二人が単に寮長と副寮長の関係でないことは、もはや誰もが知るところである。「破局か」「映研絡みの打ち合わせじゃないのか」「いやいやそんなことのためにラウンジを使うものか」……くだらない邪推をよそに、ヴィルとトレイは奥のVIPルームに向かった。

「夏のスペシャルコースを頂戴」

「いいのか?結構ボリュームがあるみたいだが」

「今年のメニューは案外栄養バランスがいいのよ。それに……アンタから大事な相談だなんて、むしろ体重が減りそうな気がするわ」

折り入って相談がある——トレイからの突然の連絡に、ヴィルは困惑していた。おそらくリドルやケイトには話せないような話題で、しかもモストロ・ラウンジを確保しているというのだから、只事ではない。

「一体何の話?忙しいアタシをわざわざ呼び出したからには、世間話じゃ許さないわよ」

「実はな……」トレイの表情が険しくなった。寮内部で内紛?それともリドルが他の人を好きになった?ヴィルの脳裏に、いくつもの「最悪のシナリオ」が去来する。そしてトレイが口を開いた——

 

「……リドルの誕生日に何をしてやればいいのか、分からなくてな」

「……は?」ヴィルの声が裏返った。「どんな大事かと思ったら……」

「ケイトに言われたんだ。『付き合い始めて最初のバースデーなんだから、やっぱり特別なことでもするのかな?』と」

「そういうスタンスに同意するかは別として、別に大したことは言ってないと思うけど」

「……『特別』って、何なんだ?」

 

またしても飛び出した予想外の一言に、ヴィルの思考が一瞬止まった。

「えっと……言葉の意味が分からないとか、そういうことじゃないわよね?パーティーのケーキ作りとか、そういうのはアンタの得意分野だと思ってたんだけど」

「そういうのはな、俺にとっては『普通』だったんだ。副寮長の仕事だってそうだ。何か特別なことをしているつもりは無いし……だから、いざ『特別』って言われると、よく分からなくてな」

「ここまでストレートに言われると一周回って嫌味じゃないわね。で?なんでそれをアタシに相談するわけ?」

「マスターシェフの授業の審査をしてもらったことがあっただろ?あの時、俺が色々気を遣いすぎるのを『やり過ぎだ』って言ってくれたのは、お前が初めてだった。もちろん、リドルやエースは別として、だけどな」

「あの新ジャガはただ無礼なだけじゃないの?……まあそれは置いておくとして、誰もが認める『完璧副寮長サマ』に堂々とダメ出しできる人間は中々いない……と。そう言われると案外悪い気はしないわね」ヴィルは一瞬笑みを浮かべたが、すぐ真顔に戻る。

「でも分からないわ。アンタの『普通』が世間にとって『特別』レベルなんだったら、いつも通りにやればいいってことなんじゃないの?そのぐらいアンタなら気づくと思ったんだけど」

「……変わらないといけない」

「え?」トレイの口から到底出ることはないと思っていた言葉に、ヴィルは目を見開く。成程、確かに今日のトレイは「普通の男」とは程遠い。

「俺はずっと『普通の男』でいればいいと思ってた。いつも通りに副寮長の務めを果たし、ハーツラビュルの皆……何よりリドルが平穏でいればそれでいい、全て世は事もなし……その結果が、あの事件だ。もうリドルをあんな目に遭わせたくない。確かにあれからリドルには何も起こっていないが……いつかまた、あんなことが起こるんじゃないかと思ってな。それに、リドルにとって俺はもうただの副寮長じゃない。今リドルの一番近いところにいるのは俺だから、できる事は全部やりたい。もう後悔はしたくなくて……」トレイの声は、少し震えていた。

「……アンタ、『全て世は事もなし』って、正確にはなんて言ったかしら?」

「え?確か、『神、空にしろしめす、全て世は事もなし』だったが」

「それよ。アンタ、別に神様なんかじゃないでしょ?」

「!」

「気負い過ぎるとロクなことないから。……アタシが言うと説得力あるでしょ?ともかく、ハッキリ言わせてもらうと、リドルは成長してる。寮長会議で会うたびに実感するわ、もうただのルールにうるさいお山の女王様なんかじゃなくなってる。……けどね、それでリドルが二度と爆発しないかとか、そういうのはまた別。アンタが変わろうが変わるまいがね。全部思い通りにしようだなんて、おこがましいわよ」

「けど!」トレイが声を荒げた。「……すまない。けど、リドルの為に何もしてやれないなんて、そんな……」

「アンタ。さっき自分で言ったわよね?『今リドルの一番近いところにいるのは俺だから』って。……もしリドルがまたオーバーブロットしたら。全身で受け止めて消し炭になってでも止めてやるもんじゃないの?そんな簡単なことも分からなくなった?」

「リドルの、一番近くで……」

「薄々気づいてると思うけどね。アンタ、すっかり『普通の男』じゃなくなってるわよ。リドルのことになると冷静さも何にもかもどっか行って……結局、『特別な男』になってるんじゃないの?……リドルの、ね」

 

 

「今日はありがとう。あと、色々とすまなかった。代金はこっちで持つ」

「当然よ。人生相談どころかあんなクサい台詞まで吐かせといて、アタシも随分安くなったもんだわ。……それにしても、アンタが『特別な男』とはねえ」

「『普通』とか『特別』とか、段々分からなくなってくるな……人生18年程度で分かるもんじゃないだろ、って言われたらそれはそうだろうが」

「時々思うけどこの学校色々おかしいわよ。こんなラウンジまであるし学園長はいい加減、魔力だけ大人並みのがゴロゴロいるし……恋愛とか生き方とか、いきなり普通のものに直面すると、却って自分が子供だってことを思い出させられるわね。……それで?リドルの誕生日祝いはどうするつもり?」

「それは……」

 

 

「『特別な男』と『特別な男』の間の、秘密だな」