迷子になってもデートする

ツイステッドワンダーランド/オネスト×ギデル

※書いている時点でイベント4章でした

イメソンはゆらゆら帝国の『ゆらゆら帝国で考え中』ですが、この曲自体はフロイドっぽいな……と思います。

「すみませんフェローさん、友達とはぐれてしまって……」

「そりゃ大変だ! 折角のプレイフルランド、お友達がいないんじゃあ思いでも半減しちまいます。俺が放送で呼びかけましょう。ああ、待っている間このアトラクションなんかはいかがです? 特別に列の先頭へどうぞ! 出る頃にはお友達もいらっしゃるでしょう、そうしたらお呼びしますよ」

「えっ、いいんですか!? 何から何までありがとうございます……! あなたは本当に『親切なキツネ』だ……」

ポニーテールに狐の尻尾を結いつけた客を見送ると、フェローはステージの放送室へと向かう。無表情にマイクのスイッチを入れると、録音のランプが赤く灯る。ギデルが暇な人形をサッと連れてくる。

『お呼び出しをいたします。薔薇の王国からお越しの————様。お連れ様がお探しです。プレイフルステージまでお越しくださいませ。繰り返します——』

こうしてアドリブで声を出す役目はフェローにしかできない。人間の管理人というのは多忙で、やらなければならないことが山とあるというのに。だが一度録音してしまえば、合流できるまで人形にこの録音を流させて、合流できたなら再生を止めさせればいい。合流できれば……の話だが。連れだけ先に人形に成り果てているかもしれない。

『お呼……しをい……ま…薔薇……国からお越しの……………お連れ……お探しです。ステ……ま……越しく……いませ……』

放送は閉園後も流れていた。どうやら人間のうちに合流することはできなかったらしい。手動で止めなければいけないが、止めそびれていた。

「せめて同じ奴に買われるといいなァ?」

フェローが皮肉気に笑うと、ギデルもそうだね! と言わんばかりにこくこくと頷く。二人は閉園後の見回りをしているところだった。回収された人形と入場者数の照合はもう済んでいて、園内に客が残っていないことはもうわかっている。けれど、回収が早く終った日は、こうして園内を一巡りすることにしていた。

フェローとギデルは、一番奥の観覧車から見回りを始める。停止した観覧車の骨組みやゴンドラが、かすかに風に揺れている。巨大な構造物が、陰を落としている。その底で、届くはずもない星を睨んだ。二人とも無言で。洋上では憎らしいほど星がよく見えた。安酒を持ち込んで観覧車の下で星を見ながら酒盛りを始める日もある。そうすると視界が揺れて星がもっと沢山見えた。実入りの少ない今日は酒は無しだが。

「……ま、俺の手の中にはいつもとびっきりの星があらァ」

顎を掴まれ上向かされたギデルは、フェローの言っている意味がわからず疑問符を浮かべながら目を瞬いた。その目蓋に口づけを落とすと、アイシャドウがほんの少し唇についた。ステッキを決まったリズムで鳴らすと、観覧車を照らすライトが消えて辺りは真暗になる。まだ明かりが灯っているアトラクションへ歩んでいく。街灯はもう落とされていたが、道順は足が覚えていた。

『お呼……しをい……ま…薔薇……国からお越しの……………お連れ……お探しです。…………ま……越しく……』

次は誰も並んでいないコースターのQラインを突っ切って、従業員通路を通り、出口へと抜ける。ギデルはラインを隔てるロープやバーの下を次々と潜り抜けていたが、終わり際で額をしたたかにバーにぶつけた。

「おいおい、大丈夫か? ほら、見せてみな。ああ、コブにはなってねえな。でも一応冷やすか?」

フェローはロープを付け外し、バーを乗り越えながらすぐさま追いつくと、ギデルを起こしてやる。ふるふると振られる頭をよしよしと撫でさすってやる。出口付近のアイスクリームワゴンのクーラーボックスから一欠片残った氷を取ってくると、ギデルの額に押し当てた。

冷やしながら今度こそ出口へ抜けると、コースター中の写真を表示する液晶がぼんやりと光っている。その日に撮った写真が順繰りに表示されている。

「見ろよギデル、こいつ、ポップコーンバケットの蓋がちゃんと閉まってねえ。コース内を念入りに清掃しねえとな」

「……!」

「うん? ……ああ、確かにこっちのこいつはひでえ顔だ、笑えるな」

氷が溶けるまで、二人で写真を見て笑った。やがてギデルがフェローの袖を引く。フェローはまたステッキを決まったリズムで打ち鳴らした。液晶も、明かりも、全てが消えてローラーコースター内とその近辺も真暗になる。

『お呼……しをい……ま…薔薇……国からお越しの……………お連れ……お探しで……』

暗闇の中をギデルはメリーゴーランドの光へと駆けていく。赤い鞍の白い馬にギデルがひょいと乗っても、勿論走り出しはしない。すぐに飛び降りると、猫や金魚、コオロギにも順繰りに乗ってみる。動いているのが木馬でもギデルでも、同じところをぐるぐると回っていることには変わりなかった。それをじっと見つめていたギデルは、馬の足元に一枚の写真が落ちていることに気がついた。

「人形め、見落としやがったな。それにしてもわざわざインスタントカメラか。スマホで済むだろうによ」

写真をくしゃくしゃに丸めてゴミ箱へ放り込むと、またメリーゴーランドで遊んでいるギデルを見つめる。その目に焼き付けるように。

「お、もう満足か?」

ギデルは青い鞍の馬の上でくたりと停止する。フェローはメリーゴーランドの明かりを落とすと、暗闇の中からギデルを抱き下ろす。そうして抱き抱えたまま、次はビリヤード場へと向かった。

『お呼……しをい……ま…薔薇……国からお越しの……………お……さまが……お探しで……』

ビリヤード台の端にギデルを横たえると、人形たちが整頓したボールとキューを一組同じ台に乗せる。ルールなんかは知らない。ただ白い球で順番にボールを突いていく。目の前で止まったボールをギデルがちょい、とはたいて、ポケットへと落とす。

「いいアシストだなぁギデル!」

その後もボールがぶつかる音とポケットに落ちる音がコン、カンと楽しく響いていて、ルールやテクニックなどは本当にどうでもよかった。やがて全てのボールを落としてしまうと、フェローはギデルに覆い被さってキスをした。ギデルの方も、その首に腕を回す。ちゅ、ちゅ、と戯れるような口づけを何度もして、ともに上体を起こす。まだ見回るべきアトラクションはたくさん残っている。名残惜しげに遊技場の明かりを消した。

『お呼……しをい……ま……………国からお越しの……………お……さまが……お探しで……』

海底には一匹の魚もいなかった。作り物の海草や珊瑚があるだけ、フェローとギデル以外に動くものはない。青い静寂の世界があった。そこを二人は手を繋いで歩いていく。

「……」

ギデルはフェローの手を引いて、何かを言おうとしてみる。海のように見せる魔法の多くは消えていて、水中のように声が泡立つ魔法もなくなっていたが、水中の世界なら何かが言える気がした。

「……」

フェローはぱくぱくと魚のように動くだけの口が何か言葉を紡ぐのを、しばらくの間待っていた。膝をついて目線を合わせて、笑んで待っていた。だがとうとうギデルはその時も何も言わなかった。息継ぎをするように、ギデルの方からフェローにキスをした。キスをしながら、フェローは海底の明かりを消した。深い暗闇の中で、しばらくキスをし続けていた。

『お呼……しをい……ま……………国からお越しの……………』

格闘小屋。バザール。射的場。ジェントル広場。いくつものスポットを巡って、明かりを消していく。そのどれもが今この時だけは二人だけのものであると同時に、二人をきらびやかに拒絶しているように思えた。だからわざとフェローとギデルは、手を繋いで、尻尾を絡ませて、キスをして、勝手にデートらしく堪能してやる。

『お呼び出しを——』

ステージへと戻ってくると、ずっと流れていた放送を切った。もう誰のことも呼んでいないし、誰も見つかりはしない。ステージの明かりも落とすと、完全な暗闇と静寂が満ちる。ゲストたちは夜のうちにボートで売場へと輸送されていく。それは人形たちに任せておけばいい。早めに片付いた今日は、少し長く眠れそうだった。

二人に帰る場所はない。管理人室の寝床だって、仮の居場所に過ぎなかった。

「……なあ、ギデル」

「……?」

「俺から離れるなよ」

「!」

二つ用意されている寝床のうち一つに二人で潜り込む。ギデルはフェローの腕の中でにっこりと頷いた。誰からも求められない社会のはみ出しもの同士、探しあっているのは互いしかいない。けれど、一度離れてしまえばもう二度と見つけられないとわかっていた。

きっと地下の船着き場ではまだ客たちが怨嗟の鳴き声を上げている。それを無視して、船の微かな揺れの中で眠った。