ツイステッドワンダーランド/トレイ・クローバー×リドル・ローズハート
※ほぼオリキャラ視点のトレリドです。 ※2-E担任をガッツリ、2-C担任をちょっぴり捏造しています。オリバーのヴィランはジョルジェットちゃうやろ!と思われるかもしれませんが、ご容赦ください。 ※原作未登場の教科を捏造しています。 ※トレイ先輩に余裕がないです。
【1】
魔法経済学・魔法政治学講師で2年E組の担任を勤めるわたしは、あまり熱意のある教員とは言えない。昨日提出されたレポートはまだ手付かずで、2週間後に返却できれば上々だろう。『ミス・ジョージィは課題を考えるのが面倒だからレポート形式にしてる』と生徒たちに噂されているのは知っている。半分正解で、もう半分はガタガタの論述に容赦なく赤を入れていると嗜虐心が満たされて楽しいから。これは穴埋めプリントでは満たされない。その分採点に手間と時間がかかるのはどうしようもなく。嗜虐エンジンがかかれば速いのだが、取りかかるまでが億劫なのだ。
こんなにもムラッ気があるのになぜ教師をしているのか、時々自分でもわからなくなるし、友人たち(もとい、元恋人たち)にも『信じられない』『勤まるのか』と言われるばかりだ。応援してくれたのは血の繋がらない弟妹と、現在の恋人だけ。『さすがは俺の女だ!』と屈託なく笑う彼のことを思えば頑張れるというもの! そもそもハイスクールまでは一生働かずに優雅に生きていくんだとばかり思っていたわけだが、人生何が起こるかわかったものではない。結局頑張るにしても恋人のためひいては自分、自分、自分のためで、生徒のためではなかった。だからわたしは自分のことを薄情な教師だ、と思う。
うず高く積まれたレポート用紙の上で、パステルカラーのピンクとブルーで彩られた爪を曲げ伸ばししながら眺めていると、職員室の入り口でミス・ジョージィ、と声がした。ふわふわの毛に覆われた垂れ耳を少し持ち上げて、ああそういえばそうだった、と思う。薄情な性分とは関係なく、担任としての責務はある。
「……失礼します」
「……あらぁ、ローズハートくん。いらっしゃい。どうぞお座りなさい」
折り畳めるスツールを広げて、受け持ちの優等生に勧める。犬の獣人属特有の獰猛な犬歯を隠してにっこりと微笑んでみせた。
「それでぇ……どうなの、最近は」
「……特に何も。“以前”と変わりません」
そりゃそうだ、どうもこうもあるか、と自分で質問しておきながら思う。
お茶は勧めない。10分だけの約束だから。
品行方正なハーツラビュルの寮長。クラス名簿を受け取った時は、正直ラッキー! と思った。厳格な彼がいるクラスで、バカをやる生徒はいないだろう。羊の群れのなかに、牧羊犬。同級生には嫌われるとしても、教師としてはやりやすそうね、と思っていた。というか、だからこそ若輩で担任としての経験がまだ浅いこのミス・ジョージィに2年E組が当てられたのかもしれなかった。
でもそれも9月上旬までのこと。彼がオーバーブロットを起こしたと電話を受けた時は、嘘でしょ勘弁して、と思わず漏らした。長年の教育虐待。それによる認知の歪み。人間関係のトラブル。同級生には嫌われるタイプだろうとは思っていたが、そんな背景があって、そしてここまでの事態になるなんて。
学園長と学年主任と一緒に、尻尾を脚の間に入れたくなる気持ちで鏡をくぐった。彼の親御さんへ説明に行かねばならなかった。しかも本人は不在。当然引き合わせられるわけもない。生徒の心身の安全を慮るだけの判断はある。
説明と言っても、あなたのせいよ! なんて直截に言えるわけもなく。ローズハート夫人の気迫に、学園側の3人とも完全に腰が引けていた。やっとのことでしどろもどろに説明したオーバーブロットの理由は『なんか……寮長としてすご~く頑張ってるし……昔からずっと頑張ってきたみたいだから……頑張りすぎちゃったカモ……?』くらいに、ふわふわと歪んでしまった。勿論納得していただけるわけもなく。
それで怒り狂ったローズハート夫人の矛先が二転三転したのち最終的にどこへ向かったかというと、その場で最も立場の弱い私である。監督不行き届きを責められながら、心底申し訳なさそうなきゅうんとした表情を作って耐えること3時間。ああ、今すぐにこの場を走って抜け出して私の素敵なチワワちゃんに会いに行きたい。なんて脳の半分でよそ事を考えている間に、いつの間にかこの面談は決まっていた。
つまり、定期的に面談をして経過観察をし、ローズハート夫人に手紙で報告すること。そして今日がその初回だった。
沈黙が痛い。専門のカウンセリングやセラピーは別に受けているのだから、全くもって時間の無駄だ。今ならレポートの採点も捗りそうだからやらせてほしい。結局のところ、夫人が直接情報を得たいだけだし、こちら側としてもちゃんとやっていますよというポーズを見せたいだけなのだ。
ただでさえ寮対抗マジフト大会の準備で忙しいのに長々と拘束されるのは気の毒だろうと、10分という時間を提示したものの、それですら長い。彼は律儀に10分間ここにいるつもりだろうか、話すことなんて何もないのに。
そもそも彼は全然“大丈夫”に見える。勤勉さは変わらずに以前よりもずっと人当たりよくなったように見えるし。今ここで押し黙っているのは、ひとえにわたしとの信頼関係が深くないから。となれば信頼関係の構築から始めるべきなのかもしれないが、男子校の女教師という立場では難しい。バルガスのように踏み込むことはどうしてもできない。最も彼のような生徒が慕うのはトレインのような教師かもしれないが、それにしたってどうしても経験に裏打ちされた威厳に欠ける。
「大丈夫なら——いいのよ。大丈夫じゃなくなりそうなら、いつでも言ってちょうだいね」
「……もう行ってもいいと?」
ローズハートがわずかに目を見開いた。驚きと、いい加減さに対するわずかな軽蔑が混じる。自分で設定した時間すら守らないのかと。
「いいわよ。それとも、何かあるかしら?」
「……」
目線を反らす。安定したように見えたのに、本当は何かあったのだろうか。信頼関係が無いので、わたしの方からも何も見えることはない。わたしが教師として踏み込まなければ。彼が心を開かなければ。この面談を何か少しだけ有意義にするためにはその両方が必要なのだけど、なんと言ってもわたしは薄情だから、ただじっと彼を見つめているだけだ。
「ああ、そうだ。クッキーを一枚いかが?」
ふと思い立って、机の上の箱から1枚クッキーを取り出す。キミの家に持参して突き返されたものだけど。お茶も出さないのに菓子なんて、と思ったが、帰り際に一枚持たせるくらいはいいだろう。無駄な面談よく頑張りました。わたしも1枚後で食べよう。
ローズハートは、クローバーの意匠の包装を見た。冷ややかなグレーの瞳に、ほんの少しぬくもりがよぎる。しかしまたすぐに険しい表情になってしまう。
「これ、美味しいのよ」
「……ありがとうございます、いただきます」
わたしは子供が嫌いだ。鬱陶しく、面倒くさく、興味もわかない。大型犬の獣人属は優しくて忍耐強く子供好きで面倒見がよいなんて、馬鹿げたステレオタイプ! 今後も表面にしか触れられない経過観察の面談を続けていかなければいけないと思うと、憂鬱だった。
ひとまず、レポート用紙を1枚取る。当たり障りの無い内容を膨らませて書く手紙よりは、そちらの方が楽しそうだ。