輝ける黒星/いたくして (Web拍手お礼ログ) - 2/2

いたくして

 

「痛い」
唐突なネフィリムの声に、サレオスは補修途中だった笠から顔を上げた。
「どうした? 急に」
縫い針でも刺したかと問いかけるも、ソファの隣に腰かけるネフィリムは瞳に憂鬱をうつしたまま首を傾げた。
「サレオスさんが言ったんじゃないですか。痛かったら——って」
それはいつも戦闘中にサレオスが治癒をする時言っていることで、ネフィリムにとっては少しも急ではなかったらしい。マイペースな彼女らしいな、と苦笑する。
「体調でも崩したのか? どこが痛いのか言ってみな」
メギドでも病にはかかる。メギドだけがかかる病だってあるのだ。いつぞやの伝染病騒動や、ヴィータとしての故郷を思い起こしながら、サレオスはネフィリムの言葉を待った。
「…………ここが——」
「っ、おい!」
長い沈黙の末に、ネフィリムがサレオスの手を取って、豊満な胸にふにゅりと押し当てた。
アジトの広間である。誰が来るかもわからない。サレオスはぎょっとして、その手を振り払おうとする。だが、そんなことをしてネフィリムが傷つくかもしれない、と思い直した。周りを見回して誰もいないことを確認すると、困ったように笑いながらやんわりと諭した。
「あのなぁ……お前さんはヴァイガルドに来たばかりだからわからないだろうが、俺とお前が、こんな所でこういうことをするのはマズいんだって。わかるか?」
だから離してくれよ、な? と促されても、ネフィリムはその手を離さなかった。もう一度、「痛い」と呟く。
「サレオスさんが、そうやって私に何かを教えてくれようとする時、もっと痛くなるんです」
今までネフィリムに何かを教えてくれようとした存在はいくらかいた。ヴィータ体のとり方を教えてくれたダイダロスや、幻獣の側から色々な助言をくれたルカオン。けれどサレオスに何かを説かれる時は、それらとは違っている。しくしくと胸が痛むのだ、と訴えかけられて、サレオスの顔から笑みが消えた。
「それは——悪かったよ。お前さんを軽んじるつもりはなかったんだ」
「そういうことじゃないんです。色々教えてくれるのは嬉しいですし……」
一緒に過ごすのも、言葉を交わすのも、こうして身体に触れさせるのも、嬉しい。それが、これまで感じたことのない痛みを伴うものだとしても。
「ネフィリムは、どうして欲しいんだ?」
真剣な顔で下からネフィリムの顔を覗き込むアンバーの瞳に射ぬかれながら、ネフィリムは鼓動がどんどん速まっていくのを感じていた。それが伝わってしまう意味などまだわからない。ただ、甘美な痛みがどんどん強まっていくのを、止めたくないと思った。
そうして、泣き出してしまいそうな顔で微笑むと、消え入りそうな声で囁いた。
「……痛くして」