雨はやんでいるか/裏腹な相貌 (Web拍手お礼ログ) - 1/2

メギド72/イポス×ウァレフォル

Web拍手お礼の再録です。
『雨はやんでいるか』
お礼設定期間:2022年8月6日~2022年10月28日
『裏腹な相貌』
お礼設定期間:2022年10月28日~2023年5月4日

雨はやんでいるか

 

雨の日はしくしくと傷が痛む——とはいえ、幻獣や野盗はそんな事情など慮ってはくれない。むしろ雨に逃走経路を紛れさせる野盗もいれば、より活性化する幻獣もいる。その街道に出るという怪物も、その手合いだった。
殖えすぎて巣を作った沼地から溢れだし、ヴィータを襲い始めた幻獣たちはそれなりの数になってはいたが、飛散する雷撃によって難なく一掃することができた。
プランシィの元に日帰りしなければならないコランなど、他のメギドたちやソロモンは早々に引き上げていき、取りこぼしや殲滅したことによる影響——補食されないよう息を潜めていた弱い幻獣が出てくるなど——の様子を見るために、イポス、そしてウァレフォルは街へ留まった。元々魔獅子の傭兵団伝手に来た依頼だったので、イポスは最初からその予定だったが、元盗賊もそうすることを選んだのは意外だった。
「雨で目の奥が痛むんだ。疲労もあるし、今日はもう動かず呑み明かしたい」
「酒で痛みを誤魔化すなんざ、誉められたことじゃないぜ」
「ユフィールみたいなことを言うな。じゃあ、付き合ってはくれないのか」
「そうは言ってねえだろ」
更に予想外だったのは、酒場が閉まる頃には更に雨足が強まっていて、足止めをくらったキャラバン達ですっかり宿が埋まっていたことだ。当初から留まる予定だったイポスはともかく、ウァレフォルの部屋がない。飲み始める前に宿の確保をしておくべきだった、とイポスはウァレフォルを担ぎながら悔やんだ。凄腕の傭兵団長や元盗賊頭といえど、『後の祭り』という言葉と完全に無縁でいられるわけではない。
「何が『呑み明かしたい』だ、それはもう少し酒に強い奴の言葉だぜ、嬢ちゃん」
「…………すぅ」
「聞いちゃいねえか、あどけねえ面しやがって」
ベッドを譲ってやるつもりはない。けれど床に転がすのも気が咎めて、イポスは渋々、身を縮めてウァレフォルの隣に横たわった。体格のいい大人二人ではなかなかキツい。翌朝彼女は混乱するだろうか。それもいい薬だろう。
長い睫毛に縁取られた目蓋は片方だけ。もう片方を覆う眼帯の縁をそっとなぞる。再会してこの傷を見つけたときの感情は、きっと“喜び”だ。強敵に一生ものの爪痕を残したことへの。強敵が、この傷を負いながらも生き延びていてくれたことへの。膿んで命を落とすことや、死なないまでも武器を持てなくなる可能性だってあっただろう。追放メギドの生命力を加味しても、ウァレフォルが、そしてイポスが戦い続けていることは奇跡なのだ。
この喜びを感じているのはイポスだけだろう。さっき貸した肩にはっきりと目に見える痕が残っていることを、ウァレフォルは知らない。『肩が痛む』と恨み言を言いはしたが、それがどれほどのものかを一目で見てとることはできない。イポスの側からだけ、相手の傷を、敵としての価値をはかることができる。もう戦う理由がないのが残念だ、と雨音に微睡みながら、イポスは再び切り結ぶ夢を見た。

「もう行くのか」
「貴様のところの部下に見られでもしたら困るからな。この後落ち合うんだろう?」
ウァレフォルは薄明のうちに目を覚ますと、至って淡々とベッドを出た。眼帯を外して、さっと顔を洗う。開かない右目の上を水滴が滑った。
「雨は止んでいるか」
「ああ」
「ならキャラバンも発ち始めてるな。適当に捕まえてポータルに帰るよ。今度は素面の時にやりあいたいものだ」
「……誤解してるようだがな、何もしちゃいないぞ」
「……魔獅子も案外紳士なんだな」
「そりゃ、前後不覚の相手を食らうほど落ちぶれちゃいないさ」
そんな代替手段もあるのか、という気付きの中で二人は別れた。傷跡はもう痛まなかった。