銀の踵の黒い靴 - 2/2

夕食後、部屋に訪ねてきたカスピエルから、ソロモンは包みを受け取った。
「いつももらってばっかやから、俺からもソロモンに何かあげたかってんけど⋯⋯」
「そんなこと、気にしなくていいのに」
傍にいてくれるだけで、共に戦ってくれるだけで、十分に嬉しい。ソロモンはそう笑ったが、中身を見て目を丸くした。
「⋯⋯えーと、これさ」
「ソロモン、いつも走り回ってるやろ? せやから新しい靴なんかええかなあと思ったんやけど⋯⋯けどな! 職人と話しててついつい自分の趣味に走ってもうてん!」
黒い上等な革でできた本体に、銀色の芯が踵を高く持ち上げて支えている。履けばほぼほぼ爪先立ちになるような靴だった。
当初の発想をあまりにも逸脱している。
「頼むわ、一回だけ! 一回だけ履いてみてくれへん!?」
「⋯⋯はあ、まあ、一回履くだけなら⋯⋯」
「ほんまか!?」

カスピエルはソロモンを椅子に座らせると、なんの抵抗もなくその足元に跪いた。
「自分で履くよ」
「いや、やらせてほしいんや」
いつもの靴を脱がせると、恭しいほど丁寧に右足をとる。銀の踵の靴は、ソロモンの足にぴったりとはまった。
「なんでサイズ知ってるんだ?」
「愛やで」
真剣なまなざしで、本体と同じ色の絹のリボンを足の甲から足首へかけて編み上げて、固定していく。
「きつくないか?」
「ああ」
くるぶしの少し上でぎゅっと、血が止まらない程度に結ぶ。そして、今度は左足をとった。
「ソロモンに何かあげたかったのに⋯⋯結局俺のワガママをきいてもらっとるなあ」
「いいよ。俺は、お前がワガママを言ってくれるのが嬉しいんだ。こういうのとか、前みたいに縛られるのとか、さすがに驚きはするけどさ」
「前⋯⋯あー、ユフィールのな⋯⋯」
あの時は、ついつい冗談めかしてしまったが、ソロモンを拘束したい、どこへも行かないようにしたい、と思うのは事実なのだ。
「できたで」
「ありがとう。⋯⋯よっと」
カスピエルの肩に手をついて、ソロモンが立つ。
少し離れると、頭からつま先まで、カスピエルは何度も何度もその姿を眺めた。
「⋯⋯やっぱりええわあ、ありがとうな⋯⋯」
「こんなのでいいならな。でもやっぱり、かなり不安定だな⋯⋯」
「痛くはないか?靴擦れは?」
「今のところはないよ。やわらかくて、いい靴なんだな」
それなのにこれきりとは、すごく勿体無いなと思いながら、部屋の中を少し歩く。誰かに譲ろうにも、大抵の女性にはきっと大きいだろうし、何より、カスピエルのきもちを無碍にもしたくはない⋯⋯と考えていると、大きくよろめいた。
「ソロモン! 大丈夫か!?」
すかさず抱き留めて、これなのだ、とカスピエルは思った。
結局のところ、縄で緊縛するのと、これと、何も変わりはしない。
ソロモンの自由を奪って、自分だけを見て、自分だけを頼ってくれたなら、という己の中のエゴは、欲は、ずっと変わっていない。
「ああ、ありがとう、カスピエル」
踵の分、いつもよりずっと近い唇と、寄りかかる重さと、体温と。
そのどれにも、抗うことはできなかった。