秋雨と春雷(後編) - 1/4

メギド72/イポス×ウァレフォル

イポスとウァレフォルの間に子供ができるけど、育てられなくて手放してしまうお話です。後編はあまりハッピーじゃない身勝手な話です。
※直接的な描写はありませんが、合意のない性行為を匂わせる描写があります。
メインストーリー113話前に書いたものです。

 

 

ウァレフォルが軍団から姿を消して半年がたった。ソロモンは病気療養のためだと言ったが、どうにも胸騒ぎがして、イポスはそれとなくその行方を探った。そしてとうとう、グレモリーの治めるライヒ領のとある村に、その姿を認めた。

「……やっぱりそういうことかよ」

「……イポス? なぜここがわかった」

あの頃とは違う、露出の少ない、ありふれたヴィータの女の服。かつてさらけ出していた腹は布地に覆われて、膨らんでいた。

「誰が漏らした? 医療班もグレモリーも口を割りそうにないが……ソロモンか?」

「情報戦も傭兵の仕事のうちなんでね。調査くらいお手の物さ」

小さな家の戸口に立つウァレフォルは、少し弱って見える。吹き込む雨の小さな粒さえ身体に障りそうに見えた。

「立ちっぱなしも辛いだろ? とりあえず入れてくれ」

「……話が済んだらさっさと帰れよ」

 

外は雷雨になっていて、雷声が時折気まずい空気を揺らした。何千何億の死線を潜り抜けてなお、切り込みにくいものがあるとは。イポスはようやっと口火を切った。

「……一応聞くが、俺の子か?」

「違う。貴様は関係ない」

「嘘つけ。お前が消える数か月前……作戦でうんざりするほど一緒にいただろうが。他の男を咥え込む暇があったか?」

あの激動の遠征から帰ってきた後に、またそうして一緒に行動する機会が生じた。人数は流動的だったが、二人きりになることも少なくはなかった。必要な動きではあったが息が詰まるような日々の中で、何度か二人して気の迷いを起こしたことはイポスもよく覚えている。気の迷いというには興が乗りすぎていたが。しかしそれすらウァレフォルは首を振って否定した。

「じゃあ、誰の子でもない。頼むから放っておいてくれ」

「なわけあるかよ……。お前だけの問題じゃねえんだ、いい加減駄々をこねるのはやめろ」

家の中に家具は少なく、ウァレフォルはベッドに腰掛けていた。イポスは椅子を立つと、ウァレフォルに詰め寄る。数か月ぶりにまじまじと見つめた紫電の瞳の、中に宿った強情な意思に触れてみたくなった。立ったまま上から見下ろすようにして、尋ねる。

「……どうして産もうと思った?」

もう堕胎が可能な時期はとっくに過ぎているだろう。もしそのつもりだったなら、今頃戦線に復帰しているはずだ。けれど、抱え続けているのはなぜなのか、問い質す。観念して、ウァレフォルは心情を吐露した。

「貴様との夜は……とても楽しかった。だが戦争の代替のようで不毛だとも思っていた」

戦果は何もない。ただ読み合いがあって、攻撃があって、高揚があって、快楽があって、傷があって、絶頂があるだけだ。

「そこから産まれてくるものがあって、嬉しくなったのはきっと私だけだろう? いくつもの命を奪ってきたが、これを殺す気にはなれなかった」

擬似的な戦いのような享楽の果てに何が産まれてくるのか、見届けたくなってしまった。だから逃げた、と締めくくったウァレフォルに、イポスは心外そうにため息をついた。やれやれ、と肩をすくめてウァレフォルの隣に腰かける。

「……俺も嬉しくないわけじゃねえ、勝手に決めつけるな。殺せと言うつもりでここに来たんじゃない」

イポスの側にも、何も感情がないわけではない。顔を合わせればにくらしい仇敵だったが、失踪したらしたで張り合いがない好敵手だった。病気療養のためだと言われて、ヴィータの身で生きていればそんなこともあるか、と自分を納得させようとしたが、そんなつまらない終わり方があるか、という悔しさのようなものが拭えなかった。疑念を覚えたのは、『二年くらいで復帰できるだろう』とアンドラスが言ったことだ。やけに具体的で確証のある年月だ、と思うと、最後に過ごした日を、その夜を逆算せずにはいられなかった。そして独自に、ウァレフォルの行方を探し求めた。『違っていてくれ』も『そうであってくれ』もずっと同じだけあって、やっと見つけ出した今も、そのそれぞれの延長のような気持ちが渦巻いている。好敵手が弱っていることへの寂しさと、やっとこいつを仕留められたのだ、という嬉しさが。

「……産んでその先、どうする?」

「一人で育てるつもりだ」

感情の話の次は、具体的な行動の話だ。ウァレフォルの意地に、イポスは何度目かのため息をついた。グレモリーに頼み込んで隠れ家と仕事を融通してもらったというから、何も考えていないわけではないのだろうが。

「そう簡単じゃねえだろ……するか? 結婚」

「お断りだ。相手が貴様じゃなかったとしても、それだけはしたくない」

「奇遇だな、俺もだ」

ヴァイガルドで、結婚せずに子供を育てていくのは難しい。だとしても、二人の間に誓い縛れるものは何もなかった。二人のためではなく、子供のために何かを誓うべきなのかもしれなかったが、まだ産まれていない人間に何かを誓うことは、それまでイポスとウァレフォルが『ヴィータを守る』『ヴァイガルドを守る』と不特定に誓ってきたこととあまり変わらないような気がしていた。

「まあ、とりあえず、結婚抜きでどこまでやれるか試してみるか。やれることは何でもやるぜ、もっと俺を頼りな」

「……頼もしいことだ」

ウァレフォルはようやくフ、と笑う。その時はまだ、それが自分達にとってどれほど無謀なことかを知らなかった。