打ち首の上塗り(古畑任三郎VSトレイ・クローバー) - 10/12

【8】

 

フルハタとイマイズミは、再びハーツラビュル寮へと戻った。
被害者であるランスロット・ダウトは3年生のため、一人部屋を宛がわれていた。筆まめな男だったらしく、支給品の机の引き出しにはレターセットのストックが詰め込まれている。ノートのストックよりも多いかもしれない。
フルハタは強い解錠魔法でチェストを抉じ開ける。睨んだ通り、彼が方々とやり取りしていた手紙が見つかった。薔薇の王国、輝石の国、歓喜の港、英雄の国、黎明の国、陽光の国——ダウトはインターン先の候補となっている方々の教授に己を売り込む手紙を書いていたらしい。彼の誇大な売り文句を鵜呑みにする返事もあるが、経験豊かな教授陣ほど反応は芳しくない。取り分け、ローズハートという人物からの返事は痛烈なものだった。ランスロットにとってはかなり志望順位の高い相手だったようで、何度も食い下がって手紙を往復させた形跡が窺えるが、ローズハート博士の返答は益々硬化していく。
「ローズハート、ねぇ……」
珍しい名字だ。リドル・ローズハートの母と見て間違いないだろう。
リドルが証言した、“口論”の内容はその辺りに関わることだろうか。進路にまつわる鬱憤がリドル・ローズハートに向けられたとなれば、ランスロット・ダウトが寮長室で返り討ちに合う理由にもなるだろう。つまり、リドル・ローズハートには動機がある。しかし、彼にはアリバイもある。
「フルハタさん、連れてきました」
イマイズミが、トレイともう一人、前髪を上げた男子生徒を伴って入室してきた。
「初めましてぇ、ダイヤモンドさん。フルハタです」
「どうも、よろしくお願いしまーす」
ケイト・ダイヤモンドは、八重歯がチャームポイントの気さくな笑みを浮かべる。
「早速ですが、昨日ローズハートさんと合流した時の様子をお聞かせ願えますかぁ?」
「えっと、昨日はリドルくんがオレのこと探してるって聞いたから寮まで急いで戻ったんだけど、なんか気のせいで。実際探してたのはトレイだったんですよ」
「……俺を?」
「どなたから聞いたんです?」
「聞いたって言うか。マジカメで。めちゃくちゃ怒ったリドルくんが誰か探してるーって投稿を見たんだよね。ていうかそれ、ランスロットくんの投稿じゃなかったかなあ」
「ダウトさんが——?」
フルハタはケイトが提示した画面を覗き込んだ。投稿者のアイコン及びアカウント名は実に当たり障りのないものだ。
投稿された画像は鮮明ではないが、確かに触覚のような癖毛が特徴的な赤毛が確認できる。投稿時刻は16時10分。『激おこ寮長』『誰かとっとと名乗り出ろ』『寮内平和のために』などのハッシュタグがつけられている。
「ダイヤモンドさん、これだけを見てローズハートさんの所に向かわれたんですかぁ?」
「正直、オレも怒られる心当たりがあってさあ」
小テストの結果が芳しくなかったのを、隠していたのがバレたかも、とケイトは慌てて寮へと急いだ。
「でもリドルくん、おこ! って言うよりは……珍しく元気無くて。弱ってる感じ。どうしたのって聞いても、トレイに会わなきゃ、って言うだけで教えてくれないし。一人にはできないじゃんね」
「なるほどぉ——」
フルハタはニヤニヤとトレイを見た。トレイは少し照れるような、頬を搔く仕草をした。そこに焦りはない。余裕の笑みすらある。
「ローズハートさんは、演技がお上手な方ですか?」
その表情が、冷や水を浴びせられたようにこわばる。ケイトも、ぎょっとして目を見開いた。
「……はあ!?」
「……突然、何を言い出すんです、フルハタさん。リドルのアリバイはもう十分なはずだ」
「ローズハートさんには確かにアリバイがある——しかしです」
フルハタは言葉を切った。
リドル・ローズハートには動機がある。しかし、彼にはアリバイもある。
——一方で、トレイ・クローバーには犯行が可能である。そう判断するだけの材料をフルハタは集めてきたが、『できた』と『やった』の間を埋めるだけの決め手にはまだ欠けていた。
「ローズハートさんのことを何よりも大事にしている“誰か”が——代わりに殺すよう仕向けた——となれば、どうでしょうかぁ?」
「……!」
トレイの表情が険しくなる。これはフルハタの挑発であり、賭けだった。
トレイはグッと何かを飲み込んで、フーッと細く溜め息をついた。
「……なかなか面白い推理ですね、フルハタさん。ゆっくり聞かせてもらっても? お茶とお菓子をお出ししますよ」
「それはありがたい! では、先に行っててください——」

 

「えー……多くの場合、犯人は捕まらないために必死なものです。人を殺してもこれまでの生活を守りたい——だから私との勝負が成立するわけです。ですが——? クローバーさんの最重要目的は少し——違っているみたいですねぇ……。それでは、クローバーさんが何度ユニーク魔法を使ったのか、数えてみてください——古畑任三郎でした——」