打ち首の上塗り(古畑任三郎VSトレイ・クローバー) - 3/12

【1】

 

「ノックもせずに入るなんて、やっぱり“そういう”仲だったんだな」
「——どうしてお前がここに?」
リドル・ローズハートの私室に入ったトレイ・クローバーを、ベッド脇の床から睨みあげる首輪の男が一人。

ハーツラビュル所属の3年生、ランスロット・ダウト。彼こそ、リドルとは少しも特別な仲ではない、一介の寮生だ。
魔法医術士学会でのインターンを志望する彼が、リドルの母親であり、現在魔法医術士学会理事を務めているローズハート博士への紹介状を書いて欲しい、と話していたところを見たことがある。
魔法医術士学会でインターンをして最新の論文に触れながら、魔法医術大学を目指す。そんなルートの足掛かりを目論む、彼のような魔法医術士志望はリドルの周りには珍しくなく、素行と成績に問題がなければ、当たり障りなく紹介状を書いてやっていたはずだ。それが読まれるかはともかく。
真面目で、勤勉で、目立たない。そんな男だと思っていたから、トレイはほとんど気に留めたことはない。ローズハート博士とのやり取りの結果にも興味はなかった。
持参した菓子を置きつつ、トレイは見張るようにランスロットを見る。立ち上がったランスロットは、深く息をついて後頭部を擦った。
「——ああ、痛ェな。思い切りぶつけちまったよ。まあその分死んだ振りは上手くできたか……。……どうして? 見てわかんねえのか、フラれたのさ。いい面の皮だよ」
「……そうか。じゃあさっさと部屋から出ていくんだな。お茶の時間に間に合わない」
双方、言葉にトゲが生える。こんな喋り方の男だったか、ランスロット・ダウトという男は。トレイが知らない二面性を持っていたようだ。
「ったく、折角コネとカワイイ穴両方手に入れるチャンスだったのによォ」
「……もう一度言うぞ、リドルの、部屋から、出ていけ」
下衆な言葉に、殺意が芽生える。だがこの程度の殺意は今までだって抑えてきたものだ。しかしトレイが“それ”を見つけたのと同時に、ランスロットが言い放った言葉を聞き逃すことはできなかった。

「最後にいいコトしてやろうと思ったのも失敗したしなァ! あーあ、こればっかりは退学だぜ。……なら、いっそあのお嬢ちゃんのこの先を滅茶苦茶にしてやるのも悪くないかもなァ!」
「リドルに何をした……?」
床に落ちていたのは、何の変哲もない小さなボタンだった。——リドルが寮長服の内に着込んでいる白いシャツの。
リドルは服装の乱れを嫌う。だからそれは、落ちているはずのないものだった。
「ハッ、どうせおまえはとっくの昔にヤッてんだろォ~?」
トレイは察した。ここで起こったのは、おそらくけして単なる告白だけではない。ランスロットはそれ以上の狼藉を働いたのだ。
しかし、そのことは最早どうしようもない。リドルはきっと彼を告発し、そしてその後学園長によって厳正な処分が下るだろう。どれほどトレイの腸が煮え繰り返ったとして、どうしようもないことだ。
問題なのは、“その後”彼がどうするつもりなのか——それだけだった。

「リドルに何をするつもりだ……?」
「——新入生が入ってすぐの頃の騒動は見物だったよなァ? オカアサマ、オカアサマってよォ……。俺はわかるぜ、寮長にとって一番キツいのは実家に戻ることだ。地元にだけは戻りたくねえってやつのこと、俺はよォ~っくわかるぜ」
「……お前は知らないだろうが、見知らぬ他人の告げ口を聞くような相手じゃない」
精一杯憎悪を抑え、無理矢理に浮かべた意地の悪い笑みでそう言うと、ランスロットは箍が外れたような笑い声を上げ、知ってる、知っている——と狂ったレコードのように繰り返した。
「俺は、知ってるんだぜ。寮長があの母親に嘘をついていることを」
トレイは瞠目した。
滅多に電話に出ず手紙で連絡を済ませる理由、お茶会やパーティーで食べる甘味、オーバーブロットした本当の理由。リドルがローズハート夫人についた嘘や隠し事はいくらでもあるだろう。それらこそが、リドルが親元を離れてやっと得た自由を少しずつ形作っていた。
それが永遠に失われるとしたら?
「——そんなことは俺が絶対にさせない」
「じゃあどうすンだァ?」
「そんなことをしたら、俺がどこまででもお前を追い詰めて殺す」
やってみろよ、とランスロットは言って、腕を振りかぶった。トレイはそれを難なく受け流し、その首を首輪の下から締めた。
「ぐ、が、——」
殺すしかない。いつかではなく、今。締め上げながら、トレイは一瞬たりとも手を緩めなかった。やがてランスロットが完全に動かなくなると、入ってきた時に横たわっていた位置とは反対側——部屋の入り口付近へ転がす。そして、タルトを切り分けるために持ってきたパレットナイフを握った。