打ち首の上塗り(古畑任三郎VSトレイ・クローバー) - 4/12

【2】

 

「トレイっ! ああ、キミ、一体どこにいたんだい……っ!」
「そうだよーっ、リドルくんすっごく探してたんだからね!」
大食堂のキッチンから出てきたトレイを、ケイトとリドルが出迎える。どこか狼狽した表情のリドルに、トレイは実験着のゴーグルを眼鏡へと付け替えながら微笑んだ。
「すまん、初めて作るレシピだったから手こずって、スマホを見る暇が無かった。16時のお茶に間に合わなくてごめんな」
「そんなこと——……………………トレイ、ボクは——」
リドルは、何かを言おうとした。しかしはくはくと唇だけが動いて、言葉が出てこない。平静を欠いているのは明らかだった。ケイトが声をひそめて、「リドルくん、ずっとああなんだよね。大丈夫かな……」とトレイにだけ囁く。トレイは何も言わず、リドルの手を取った。冷えている。季節はまだ冬、探し回っていたというのは本当なのだろう。
寮長室で何が起きたのか、トレイは知っている。そんな状況で自分を頼ろうとしたのだと思うと、少し嬉しく、またそれにすぐさま応えて大丈夫だと安心させてやれなかったことが歯がゆい。本当にごめんな、と低く囁くと、リドルはふいっと手を振り払った。強い拒絶というよりは、居たたまれなさや照れだろう。
「とりあえず夕飯にしないか? 何か温かいものを食べよう」
リドルがこくりと頷く。あるいは俯いたのかもしれない。今日は16時のお茶を出来なかったからきっと普段よりもお腹が空いているはずだ。トレイは食堂入り口のトレーを、リドルとケイトの分も手渡す。
「今日は失敗続きでな、もう何も作れる気がしないよ。このまま大食堂で食べていこう」
ナイトレイブンカレッジの生徒たちは、夕食を大食堂でとることもあれば、寮のキッチンで自炊することもある。しかし寮生一人一人がバラバラに調理をしていては混むので、同室や隣室、気の合う仲間など複数人でグループを組み、複数人分をまとめて作るのが一般的だった。トレイは日頃リドルとケイトの分を一緒に作っている。
「いいね! ってかトレイくんが失敗するなんて珍しいねー」
「初めてのやつだったって言ったろ?」
軽口を叩きながらも、二人ともリドルへの目配りを欠かさない。気が動転しているからこそ、あえていつも通りに振る舞っている。しかしその動転が“人を殺めてしまった”という自責から来ることを知っているのはトレイだけで、それを払拭するために手を打っていたからこそ、リドルのもとへ駆けつけることはできなかったのだ。

夕食を終え、3人でハーツラビュル寮へと帰る。談話室でケイトと別れ、二人きりの廊下を歩く。すう、と深く息をついて、リドルが「トレイ」と呼びかけた。相変わらず浮かない顔だが、夕食前よりはいくらか落ち着きを取り戻しつつあるようだ。
「ボクの部屋まで来てくれないか」
二つ返事で何気ない風を装いながら、トレイは内心カウントダウンを始めていた。リドルが言い出さなければ、何か理由をつけてトレイの方から切り出して部屋までついていくつもりだった。
「……キミはボクを軽蔑するだろうね」
「しないさ、何があっても」
——軽蔑されるとしたら、俺の方だ。
トレイはそんな自嘲をこめて微笑む。奇しくもそれは、いつもの眉を非対称にした苦笑に似ていた。リドルが寮長室のドアを開けるまで、リドルの憂いが終わるまで、あと5、4、3——。
2、トレイはリドルの手を握った。唐突な動きだが、これが最後かもしれない、と思うと少しでもリドルに触れたかった。リドルは少し驚愕に身動ぎしたが、振り払わず握り返してくる。
1。ドアが開く。