打ち首の上塗り(古畑任三郎VSトレイ・クローバー) - 5/12

【3】

 

早朝のナイトレイブンカレッジ上空を、一台の自転車が滑る。見るからに上等そうな金色の車体。しかし魔法士養成学校という場で真に注目されるべきは、その非常に安定した飛行術だろう。ペダルを踏むのはスタンドカラーのダークシャツに黒いロングコートを着た壮年の男だった。男は校門前に着地すると、見事な防護魔法のかけられたチェーンで自転車を繋いだ。
「フルハタさん! お疲れさまです!」
校門前で額の禿げ上がった男が待っていた。魔法執行官警部補フルハタは、ん、と暗黙に頷くとすたすたと校門を抜けていく。
「ひ……っろい学校だねえイマイズミくん。でも空から寮らしきものは見えなかったんだけど、どっち?」
「こっちです!」
巡査イマイズミがフルハタを鏡舎へと先導する。ちなみにイマイズミは魔法士ではない。
魔法犯罪を扱う魔法執行官は、警察官の中のごく一部だ。なのでこうして魔法の関与がすぐさま疑われるような場所で起こった事件でも、例えば立て籠りやテロ行為やオーバーブロットのようなよほど緊急性のある事件でもなければ、魔法士だけで構成された魔法機動隊を派遣するわけにはいかない。ゆえに魔法士と非・魔法士の警察官たちとで一緒に捜査をするのが一般的となる。

現場となったハーツラビュル寮・寮長の部屋では、先んじて到着した鑑識官達が、現場保存に当たっていた。その大多数はやはり非・魔法士である。ごく一部の魔法士が、証拠を鑑定へと転送する術式をセットしているところだった。
「被害者は?」
「こちらです。喉笛にナイフを突き立てられて……ご覧になりますか?」
現場で指揮を取っていた小柄な刑事が、布をかけられた遺体を指す。
む、とフルハタは顔をしかめ、いい、いい、と首を横に振った。それを受け、遺体が現場から運び出されていく。その時。

——ゴトン

「あっ」
「ちょっと、気をつけて!」
「すみません……!」
持ち上げられた死体に刺さっていた凶器が抜け落ちたらしい。拾い上げられたナイフは袋に入れられ、別途証拠物件として転送されていく。喉笛から溢れた血が、かけられた布に赤黒い染みをつくっていく。床に滴った血は、犯行後に鑑識のミスで作られたものである、ということを示すテープで囲われた。
フルハタは血を見るのが大の苦手だったが——その一連を、しかめた顔で注意深く見つめていた。
「君、名前は?」
「あっ、ウミガメです」
「気をつけなさいよ、ほんとにぃ」

被害者の名はランスロット・ダウト。このハーツラビュル寮に所属する3年生。
第一発見者はこの部屋の主であるリドル・ローズハート、そして副寮長のトレイ・クローバー。
昨夜19時頃、夕食を終えて寮へと帰ってきた二人によって、死亡しているのが発見された。部屋は施錠されていなかったという。
被害者が最後に生きて目撃されたのは18時頃、所属するバスケットボール部の練習に参加していた。
「どう思われますか、フルハタさん……」
うーん、とフルハタは目を閉じて己の眉間をトントンと叩く。通り魔や異常者がフラリと入り込み、一介の、それほど裕福でもない一人の学生を殺した——そう考えるにはナイトレイブンカレッジは辺鄙な場所にあり、そしてこの寮・この部屋は奥にありすぎる。
また、部屋からは魔法を使用した痕跡は検出されなかった。つまり、透明化魔法の足跡や、現場を改竄した形跡は無い。
「間違いなく内部犯として——魔法士なんだから、相手を消炭にするくらい簡単なはずでしょう。なんで刺殺なんだろうね、サイオンジくん」
「死因かどうかはわかりませんが、もう1点気になるところがありまして」
「何ぃ?」
「直接的な死因かどうかはわかりませんが——首にうっ血があったんです」
「絞殺の可能性まであるのぉ?」
「先ほど転送魔法で検死に回しました」
「そう——。……それから、なんでこの部屋なの。彼の部屋じゃないんでしょう」
「呼び出されて殺された……ということでしょうか?」
「まだわからないよサイオンジくん——これは聞き込むしかないなぁ——」