【4】
「鍵がかかっていなかった以上、誰にでも犯行自体は可能ということですよね……。ひとまず、昨日ハーツラビュル寮に出入りしていた生徒は全員談話室に謹慎の上、マジカルペンを一時預かりとしています。……ああ、大切な生徒を一人失ったばかりか、他の生徒達まで容疑者扱いしなければならないなんて……」
「お察しします——」
学園長、ディア・クロウリーは、ややオーバーに肩をすくめて嘆息した。フルハタもまた、同調して沈痛な面持ちを作る。
グレートセブンの肖像画がならぶ学園長室で二人が相対していると、ただならぬ胡散臭さだなぁ……とイマイズミはぼんやり気圧されていた。
「ああ、こちらは生徒名鑑になります。取り調べの際は是非お役立てください」
「いやぁ、本当にご協力感謝します。基本的な情報は勿論、写真にざっくりとした交遊関係。実によくまとまっていますねぇ」
「そうでしょうそうでしょう。私、教育者の鑑ですから。……まあ、情報集めはオンボロ寮の監督生さんに手伝ってもらいましたが……」
「フルハタさん、これ全員取り調べるんですか!? 結構な量ですよ!」
「んん~~、まあ……、アリバイが確認できる生徒さんは自由にしてあげていいだろうねぇ」
「しかしフルハタさん、我が校の生徒たちは皆若いですが優秀です。いや、優秀ですが若い、と言ってもいいかもしれません。人によっては魔法で人の目を欺くことや、証言がハッキリしないこともあるかもしれません。アリバイの立証は難しいのでは?」
「魔法士が関わる事件は大体そうですが……いやあ、それにしてもナイト・レイブン・カレッジは優秀な生徒さんばかりと聞きますから……んんん……しかしです……」
古畑はざっと名鑑に目を通すと、パタンと閉じてこう言った。
「謹慎中の生徒さんたち、もう自由にしてあげてください。マジカルペンも返してさしあげて——」
「危険ではないですか? 第2第3の殺人が起こったり?」
「いやあ————、争った形跡からして、今回の殺人は突発的なものですし、複数殺す気なら警察がドヤドヤと来る前に——あるいは? 通報される前に、するでしょうねえ。現場さえしっかり封鎖しておけば、大丈夫ですよ。今うちのサイオンジにしっかり見張らせていますから。午後からの授業は出させてあげてください」
談話室での雑魚寝と相互監視を余儀なくされていた生徒達が、ざわざわと出ていく。日頃から厳しい規則に縛られているハーツラビュル生たちといえど堪えたようで、どよめきながら自室や食堂へとそれぞれ向かう足取りには疲労が見えた。寝間着代わりにか着ている運動着の中のTシャツは概ね赤だが、ちらほらと他の色も混じる。たまたまハーツラビュルを訪れていた他寮の生徒もいたらしい。その生徒たちは窶れ方もひとしおだった。
「あなたが、魔法執行官警部補の方ですか」
すっかりはけた談話室に最後まで残っていたのは二人。
つややかな赤毛に王冠を戴いた美少年と、短い緑髪にハットを傾けた眼鏡の青年。他の生徒たちと異なり、運動着姿ではなく、仕立てのいい白いジャケットを纏っている。マジカルペンが手元に戻ってすぐ、実践魔法で着替えたようだった。
「寮長のリドル・ローズハートです。こちらは副寮長のトレイ・クローバー」
「どうも、はじめまして」
「はじめまして、フルハタと申しますゥ~」
順に握手を交わすところで、イマイズミが軽率な声を上げた。
「こんなに小さくてかわいい女の子が寮長なんですか!?」
「……今何とお言いで?」
リドルの眉がグッとつり上がる。フルハタはぺちんとイマイズミの禿げ上がった額をはたいた。
「バカだねイマイズミくん。男子校だよ、ナイト・レイブン・カレッジは。——スミマセンねえ、失礼なやつで。こちらは部下のイマイズミです」
「……まったく……まあいい」
上司に即座に折檻を受けたのを見て溜飲が少し下がったのか、リドルの顔に浮かんでいた怒りが呆れへと緩まる。
「学園長からも非常に優秀な寮長さんだとお聞きしています~。入学して一週間で寮長になられたとか。いやあ、素晴らしい」
「そんな事実、今はどうだっていいことです」
「見たところ溌剌とした寮生さんばかりで……まとめるのに苦労なさってるでしょお?」
「ボクは優秀ですし、トレイも居てくれますから」
「なるほど副寮長さんが間に入って支えてらっしゃる——あれぇ」
フルハタはトレイ・クローバーを、やや大袈裟に目を見開いて見つめた。
「クローバーさん、顔色が優れないようですが——お疲れですかぁ?」
「……うん? そう見えますか?」
「昨夜は寮生達が騒いでしょうがなかった。非常時だからでしょう。それを落ち着かせるために、トレイやケイトには随分働いてもらいました」
「誰が犯人だって、そんな話題でもちきりだったんです。殺人犯と同じ部屋になんかいられないってパニックを起こすやつもいたので、俺とケイトとでお茶と夜食を出しながら話を聞いて、なだめて——全員寝たのは3時過ぎじゃないか」
「マジカルペンを預けていてボクのユニーク魔法も使えませんでしたから」
「ふ、フルハタさん、ユニーク魔法って何ですか?」
「個人の性質に根差した特別な魔法だよイマイズミくん——君も私の部下になってもう長いんだから、いい加減覚えなさいね」
「だってえ、フルハタさん全然使わないじゃないですかぁ! そういうの!」
「私はユニーク魔法を持ってないからねぇ~」
「ユニーク魔法無しで、魔法執行官を?」
トレイが意外そうな声を上げた。しかしユニーク魔法を発現させていない魔法士は、実際のところそう珍しくもない。また、発現させていたとしても、日常生活や仕事に活かせているケースは稀であり、特に組織で動く職業や非・魔法士との連携が重要となる職業では、属人化を防ぐために制限をかけているケースもある。とはいえ、その有無自体が優秀さの指標として在ることは否定できなかった。例えば魔法機動隊などの魔法士専門職では勿論発現させていることを前提として内容が問われる。
「いやぁ、だから万年警部補なんです、んフフフフフフ。——ナイト・レイブン・カレッジにはユニーク魔法を使える生徒さんが結構いらっしゃるんですか?」
「2、3年生以上なら、それなりには」
「そりゃあすごい。ローズハートさんのはどういった魔法なんですか? 見せていただいても? 私とイマイズミに使ってみてください」
リドルの眉が、再びつり上がる。フルハタとリドルの間で、イマイズミは「エッ」とか細く声を上げたが、誰も気に留めなかった。
「口頭で説明するのでは不十分ですか? 見せ物ではないんだ。それに、イマイズミさんは魔法士ではないでしょう」
「イマイズミは頑丈ですから大丈夫ですよぉ。まあ、いくつか確認したい点もありますのでねぇ」
「……」
「……フルハタさん、何が言いたいんですか」
リドルの表情に納得の色が滲んだのとは対照的に、トレイからは笑みが消える。
「いい、トレイ。……客観的に見て、一番怪しいのはボクだ——首をはねろ!」
「きゃっ!」
不意を打って、リドルが詠唱する。イマイズミの首に、ガシャンと首輪がハマった。
「これが僕の——相手の魔法を封じる魔法です」
「おおお、さすがです~! 精度も速さも素晴らしい!」
「勿論万能ではありません。相手に隙がなければ防がれてしまいますから。……フルハタさん、あなたみたいに。それにしてもこうして他の人を巻き添えにするなんて、今日は調子が悪いのかもしれないな……イマイズミさんに当てるつもりはなかった。申し訳ありません」
リドルはじとりとフルハタを睨んだ。そして、イマイズミのことも一瞥する。
「それで、何が聞きたいんです?」
「んッフフフフフフ、ここではなんですから、あなたの部屋でおうかがいしましょう」
「ちょっ、取ってくれないんですかぁ!?」