打ち首の上塗り(古畑任三郎VSトレイ・クローバー) - 9/12

【7】

 

「ランスロット先輩か……正直、所属はしていましたが部活に顔を出すことは少なかったですね」
「フルハタさん!」
「アハハハハ! 面白い顔するじゃん!」
「そうですか……殺害される前、バスケットボール部で目撃されたのが最後ということですが――その時、何か変わった点はありませんでしたか?」
「変わったこと……ですか」
「フルハタさん! 助けてくださいよぉ!」
「ねぇねぇ、もっとぎゅっ! ってしていーい?」
「ヤダーッ!!」
「イマイズミ、うるさい」
放課後、フルハタは体育館を訪れた。目的はバスケットボール部である。ナイトレイブンカレッジに数ある運動部の中でも緩い雰囲気らしく、部員たちは半ば遊んでいるような調子でパス練習などに励んでいた。その中で、フルハタの聞き込みに応じてくれたのが、2年生のジャミル・バイパーと、フロイド・リーチ。応じてくれた、というよりはイマイズミを見つけたフロイドが物珍しさから文字通り絡んできて、それを呆れ顔で眺めるジャミルにフルハタが声をかけた、というのが正確な流れだった。
「正直、影の薄い人でしたから。輪から外れているという感じはしないのですが、どうも……一線を引いているというか。みんなと一緒にふざけはしても、なんだか印象に残らない。おそらくは、意図的に。だから同学年の3年生でも、特別親しい相手は――少なくともバスケ部には――いないと思うし、故に昨日とそれ以前との有意な違いを答えられる生徒は、いない気がします」
「なるほど――」
「ウミヘビくん、結構ひでーこと言うじゃん。えっ、てかオウギガニくん、マジで死んだのぉ?」
「ギャッ」
フロイドはイマイズミを締め上げながらも、フルハタとジャミルの会話には耳を傾けていたらしい。急に解放されて、イマイズミは尻餅をついた。半泣きである。
「オウギガニ?」
「フロイドは他人に妙なあだ名をつけることがあるんです、気にしないでください」
「なぜ、オウギガニなんですか?」
「前に部員でプロレスごっこしてた時知ったんだけどさぁ、超死んだフリうめぇの。だから、オウギガニ。……本当に死んじゃったんだぁ……ふぅん」
「リーチさんから見て、昨日のダウトさんはどうでしたか? 不審な点などはありませんでしたか?」
「まーオレもあんまり覚えてねえけどぉ……あ」
「フロイド、何か思い出したか?」
「ミニゲームしたじゃん、昨日。オウギガニくんさあ、普段より上手くなかった?」
「……そうか?」
「なんかさあ、グイグイ来るわけじゃないけど、嫌なとこにいるなーって感じ。ああいう立ち回りできるやつ、あんま多くないから、急に上手くなったじゃんって思った」
「ああ、そういうことか」
「ああいう前に出るわけじゃねーけど陰険なのはさあ、なんつーか……あ、そうだ。ウミガメくんっぽぉい」
「おい、トレイ先輩とバスケしたこともないくせに適当なことを言うな。わからなくはないが……」
「――ウミガメ、ですかぁ」
ひょんなところから出た名前に、フルハタは目を細めた。
「けーじさん、ニヤニヤしてキモーい。マンタみてえ」
「んフフフフフ、私はマンタですかぁ……リーチさんとバイパーさんは、クローバーさんと接点があるんですか? お二人とも二年生ですし、寮も部活も違いますよねぇ?」
「俺は同じ副寮長なので、たまに話しますが……」
「しょっちゅう金魚ちゃんと一緒にいるからさぁー、金魚ちゃんからかいに行くとよく会うんだよねぇ」
リドルのことですよ、と質問される前にジャミルが補足した。
「金魚ちゃんと言えばさぁ、オウギガニくん、多分金魚ちゃんのこと狙ってたよなぁ」
「狙っていたぁ――?」
以前、当番を忘れたハーツラビュル1年生のエース・トラッポラ――フロイド曰く、“カニちゃん”――をとがめるため、リドルがバスケ部に呼びに来たことがあるらしい。
「そん時のオウギガニくんの金魚ちゃんを見る目がさあ、“そーいう”感じだったなあって」
「ダウトさんはローズハートさんに好意を抱いていた、と?」
「好意? 好意っつうか……あー」
「それとも、悪意――でしょうか?」
フロイドはむすりとした表情で「わかんね」とだけ言った。思春期の幼い恋において、その二つの区別などないのかもしれない。どちらにせよ、ランスロット・ダウトはリドル・ローズハートに対して何らかの感情を抱いていたらしい。そのことは新たな調査の糸口になるだろう。フルハタは体育館を後にすることにした。
「あまりランスロット先輩に関して有益な情報が出せず申し訳ない」
「じゃあねえ、マンタさん、スベスベマンジュウガニちゃん」
「だっ、誰がスベスベマンジュウガニだっ!」

フルハタは再び大食堂を訪れていた。時刻は丁度16時半。大食堂は閑散としており、厨房も静まり返っていた。トレイ・クローバーが昨日シュークリームを作っていたと証言した時刻は16時から18時すぎ。
「フルハタさん、大食堂にはお化けのシェフがいるんでしょ? その人に聞いたらいいんじゃないですか?」
「ゴーストって言うんだよイマイズミくん。それが使えたらいいんだけどねえ。ゴーストは時間の感覚が曖昧なことが多いから、証言は法的に認められないんだよぉ」
それくらい警察学校で習うでしょ、とフルハタはイマイズミを叱るが、ナイトレイブンカレッジのような場所でもなければ非・魔法師が実際にゴーストに会う機会はそうそうない。冗談のように読み飛ばしてしまう非・魔法師の警察官は少なくないのだった。
「……昨日? ですか?」
「確かに誰かが厨房を使ってたんだゾ! ずっとカチャカチャ音がしてた!」
「それはハーツラビュル3年生のトレイ・クローバーさんでしたか?」
フルハタは大食堂で課題をやっていた二人組に声をかけた。彼らの寮の談話室は冷え込むため、ここ最近は大食堂で過ごしているらしい。今日も、そして昨日も。
厨房のドアは大食堂と廊下にそれぞれあるものの、現在廊下側のドアは蝶番が壊れてしまっており、ゴースト以外の出入りはできない状態だった。つまり生者が厨房に入るためには大食堂を通らなければならない。
「夕食時のちょっと前に厨房から出てくるところを見たので、確かにトレイ先輩で間違いないと思いますけど」
「そういえば、いつの間にかいたような……やっぱり得体の知れない眼鏡なんだゾ」
「つまり、何時頃厨房に入られたのかは覚えていないと?」
「そうですね、すみません……あ、そういえばラギー先輩が厨房に行ってすぐ戻ってきたのは覚えてます」
フルハタは生徒名鑑をパラパラとめくる。
「あ、それ使ってくれてるんですね。まとめたかいがあります」
「というと、あなたが”オンボロ寮の監督生”さんですか?」
「はい」
フルハタは、凡庸な男子生徒と猫に似たモンスターを興味深そうに見つめた。魔法が使えない少年と破天荒なモンスターは、二人一組のイレギュラーな生徒として学生生活を送っているという。疎外されることもなく、クラスメイトにも馴染んでおり、各寮に交友関係を築いている。
「ラギー・ブッチさん――サバナクロー2年生、マジフト部。呼び出してもらうことは可能ですかぁ?」
「あ、はい。一応スマホの番号は知ってるので」

そのようにして呼び出されたハイエナの獣人属の少年は、厨房の方を眺めながら首肯した。
「そうッスね……レオナさんが小腹減ったって言うから、なんか作ろうと思って厨房に来たけど……トレイさんが先に使ってたんで、諦めました」
結局購買でワッフルを買って済ませたんスよ、作れたら安上がりだったのになあ、とラギーはオーバーサイズのブレザーを纏った肩をすくめた。
「あの厨房はなかなかの設備に見えますが……一緒に作らせてもらえばよかったのではぁ?」
協力し合えば、手間や材料費も浮くのではないか、とフルハタは言った。
「嫌ッスね。あの人に借りを作ると、結局高くつくんで。あーいるな、と思って引き返しました」
あの人、リドルくん以外のヤツには結構ちゃっかり見返りを要求しますよ、と過去にそういったことがあったのを思い出しながらボヤくラギーに、フルハタはンン? と疑問符を浮かべた。
「待ってください。つまり、ブッチさん。クローバーさんの姿を見たわけではない?」
「あ、そっか。そうッスね。作ってる最中のお菓子の匂いと、苺の匂いと……あとなんかわかんねーけど、とにかくトレイさんの匂いがしたんで」
フルハタは鋭い目つきで厨房に踏み込んだ。広いワークトップと、数口のコンロ。夕食用のスープが仕込まれた大きな寸胴に、それをかき回すための柄の長い木ベラ。明かり取りの小さな嵌め殺しの窓。部屋の隅には清掃用のモップが立て掛けられている。その傍に食材を搬入するための入り口の低いエレベーターが据え付けられていた。完全に荷物だけを運ぶための、人間が乗り込むと警報が鳴るタイプのものだ。これにより、一方のドアが壊れているとしても搬入の不便は無さそうだった。
一見して、何の変哲もない厨房である。しかし、魔法痕跡や蓋付きのゴミ箱をさっと調べたフルハタは、険しい顔のまま口許だけでニヤリと笑った。
「刑事さん、いきなりどうしたんスか!?」
「んフフフ、いえいえ、こちらの話です」
突然のフルハタの動きに、監督生もラギーも呆気に取られている。
「もしかしてオマエ、トレイのこと疑ってるのか……?」
「グリム!」
ただ一人思ったことをそのままに口に出したグリムを、監督生が軽く咎めた。しかし彼自身考えるのを止められないようで、でも実際どうなんだろう……? と首を傾げる。
「トレイさんとランスロットさんね……俺はあんまりピンと来ないッスね。そりゃあ嫌なやつでしたけど、殺されたって聞くとなーんか実感わかないなー」
「ラギー先輩は、亡くなったダウト先輩と知り合いだったんですか!?」
「私も聞きたいです。ダウトさんのこと、もっとお聞かせ願えますぅ?」
部活も寮も学年も異なるが、意外にも接点があるもので。フルハタは即座に食いついた。
「面識がある、程度ッスよ。同じ夕焼けの草原の、別のスラム出身だったんで。もう要らない教科書とかあったらもらえねーかなって、一回だけ接触したことがあって」
ランスロット・ダウトの反応は、わかりやすい刺こそないもののすげないものだったという。
「なんつーか、死人に言うのもなんだけど、一見人あたりはいいのに話してるとなーんか違和感がある感じの人でしたね。ちょっと俺とは考え方が合わない部分もあって。胸糞悪くなったんで、それっきり接点はないッス」
「胸糞悪い——と言うとぉ?」
ラギー・ブッチとランスロット・ダウトとの齟齬は、故郷であるスラムに対する考え方にあった。
「俺は言うて、地元がそこまで嫌いじゃないんス。いつか何とかできたらなーって思ってる。でもあの人は――『俺は絶対に医者になるんだ。お互い脱出頑張ろうな』って言ったんスよ」
地元には絶対に帰らない、あんな場所無くなってしまった方がいい、抜け出せないのは個人の努力不足である、と強く考えていたランスロットは、同様にスラム出身のラギーも当然そう考えるだろうとみなしていた。また、自身がした努力や苦労を他者が免れることが受け入れられない気質だったため、口ではラギーを鼓舞するようなことを言いながらも、手を差しのべることはしなかった。
「そりゃあ駄目元でしたけど、結構ムカついたんで一年以上前のことでもよーく覚えてるんスよね」
上昇志向が強く、他者に対する冷淡さがある。
被害者の人となりに関する思わぬところからの証言を受けて、フルハタは次に捜査する場所を考え始めていた。