赤と緑の美術館
リドルには思いもよらないきらびやかなお菓子たちを創造するその頭が、なぜイマジネーションに欠けるなどと言うのか。
「あれは、両親が作ったやつだとか、いいなと思ったものを真似してるだけだよ」
「インプットなくして新たなアウトプットはないよ」
美術館に相応しいトーンで会話を交わす。大型連休で帰省した二人は、地元の美術館で落ち合った。そこなら、ローズハート夫人も咎めることはなかった。
「でも、インプットから必ずしもアウトプットが得られるわけじゃないだろ?」
どうでもいいインプットなら特に、という補足は控えた。目の前の額は、トレイにはただいっぱいに赤い絵の具を塗り広げたようにしか見えない。目を逸らさず神妙に絵を見つめる横顔を、指で作ったフレームに納める。赤ならこっちの方がいい。ひっそりと交互に眺めるうちに、ふと、単なる一色の赤ではなく、様々な赤がグラデーションになっていることに気がついた。といってもそれが何かの像を浮き上がらせているわけではないのだが。額の隅の一点に、『こっちの方がいい』と思ったのと同じ赤を見つける。
(正解がなくていいなら、まずは俺なりの物差しを当てたっていいだろう?)
苺の籠の中から、一番いい一粒をつまみ上げるみたいに、一番好きな赤を見つけ出す。そういう体験をさせてくれる絵だといい。リドルには言えっこないけれど。
「リドルはどう思う?」
「本当の意図はよくわからないけれど……全体からまるで炎のような迫力を感じるよ」
隣に立つのにまるで異なるものを見ていたようで、トレイは苦笑する。『一番好きな赤』が何かを上手く伏せて、トレイが感じたことを語ると、リドルも破顔した。
「もっとトレイが感じたことをきかせてほしいな……これはどう?」
次の絵は、またもや緑一色だった。けれどよくよく見るまでもなく、額いっぱいに多様な植物が敷き詰められていて、先ほどの赤一色よりは具象的だ。
「ブルームバースデーの時にもらった箒みたいだ」
「あれはキミらしく、美しい箒だったね」
「……美しいって」
今度は間をおかず、率直に口にする。臆面もなく飛び出した『美しい』という言葉に照れながら、それに相応しい言葉を打ち返せる関係になりたい、とトレイは思った。いつか。どうか、次の誕生日までには。
もっとじっくり眺めよう、と絵の前のベンチにかけたリドルの隣に腰を下ろす。ただ絵と向き合う沈黙が、指の先だけが触れる距離が、いつまでも続けばいい、とも。
赤と緑の絵の具のように、反対色の願望だった。やがてベンチを立ち、順路の終わりへ向かうと、正にその2色を中心に彩られた絵が飛び込んでくる。それは全くの偶然だったが、トレイは思わず、隣に立つリドルの手を握っていた。