ツイステッドワンダーランド/トレイ・クローバー×リドル・ローズハート
2023年7月22日ワンライ参加作品 お題「おとぎ話」
これは夢だ、とリドル・ローズハートはすぐに気がついた。明晰夢、というやつだ。
「お前なら心配はないってわかってるけど……寄り道はするなよ?」
「大丈夫だよ、トレイ」
目の前に立っているのはトレイだが、胸に『おかあさん』と書かれた馬鹿馬鹿しい名札をつけている。無論、彼はリドルの母親ではない。そんなことは痛々しいほどわかっている。
その名札は、きっとリドルにもつけられている。けれど胸を見下ろすまでもなくわかった。ブレザーを脱いだ制服の上に、真紅のフードがついたマント。そしてトレイの口ぶりと、差し出されたバスケット。これは『赤ずきん』だ。
夢の中だからか空間も時間も奇妙で、1、2と歩くだけですぐに森の中にいた。家はもう見えなくなっている。まるで舞台の書割をすげ替えたようだった。
「そんなに急いでどこへ行くんだ?」
「っ!?!?」
柔らかい声音で声をかけてきた相手に、前髪が逆立つほど驚いた。
「なあ、リドル?」
「と……トレイ!?」
トレイである。『おおかみ』と書かれた名札と、パーティーグッズの店で売っていそうなチープな耳と尻尾をつけて、リドルの行く手を塞いでいた。
「おばあさんに会いに……タルトを焼いて待ってくれているから……」
「それは偉いな」
口からするすると、自分が知らない情報が出てくる。ということはおそらく、『おばあさん』もトレイなのだろう。
「そこの道を行ったところにスミレの花がたくさん咲いてるんだ。摘んでいったら喜ぶんじゃないか?」
「キミ、本当にそれで嬉しいの……?」
「うん?」
スミレの砂糖漬けが好きと言っても野に生えているものを食べるわけではないだろう。そんなツッコミの眼差しでトレイを見つめると、トレイは心底きょとんとした顔をした。どうやら、別のトレイのことを自分と同一人物だと認識していないか、あくまで別人として扱うつもりらしかった。
「寄り道は許されないよ。森は危険だし、ボクは急いでるんだ」
「本当にきれいなんだけどな。たまにはいいだろ?」
「ダメだ。ボクはもう行くよ」
『おおかみ』のトレイを振りきって進む。森の中を歩けども歩けども景色の書割は変わらない。道草をしなければ先に進めないのかもしれない、とリドルは苛立った。『赤ずきん』の物語を強制的になぞらされている。
観念して脇道に入り、すみれを一輪ぷちりと摘み取った。するとまた唐突に、景色が変わる。『おばあさん』の家の前だった。
「はあ……面倒な……」
ドアの前でため息をつく。一般教養として知っているお決まりのやり取りもしなければならないのだろう。おばあさんのお耳はどうしてそんなに……馬鹿馬鹿しい。リドルは摘み取ったすみれを見つめた。
「どこまでボクの心を占めているんだか……」
母親のように力を認めて送り出してくれるのも。祖母のように甘いお菓子を焼いて待っていてくれるのも。猟師のように守ってくれるのも。そして……狼のように危険な目で時おりこちらを見つめるのも。全てがリドルにとってのトレイだった。
意を決してドアを開ける。お決まりのやり取りはさっさと済ませてしまおう。
「どうしてキミはそんなに——」
そこで目が覚めた。
「お、おはようリドル氏……『睡眠イマジネーション拡大装置』で見た夢はどうだった? mp3データいる?」
「っ……!」
イグニハイド寮生によって開発された謎の装置のテスターを募集している、報酬は魔法解析学の過去の試験問題のコピー……という話に食いついたエースとデュースをとがめるうちに、イデア・シュラウドに煽られ、あれよあれよと実験に参加することになってしまった。
謎のヘルメット状の装置をかぶって眠らされてから40分程度しか立っていない。他のテスターたちはまだ談話室のソファの上でうなされている。
「……見ましたか?」
「いや、全っっっっっ然見てない。拙者が他人の夢に興味あるように見えます?」
「……ならいい。データはくれぐれも漏洩しないようお願いしますよ」
タブレットに言い放つと、さっさとイグニハイド寮を出た。
「まったく、なんで赤ずきんなんか……」
ぼやきながら、赤ずきんという話は、どういう教訓を訴えるものだっただろうかと思い返す。『ああ、言いつけを破ったからこんなことになったんだわ。あたしこれからは、絶対言いつけを守ります』昔読んだものは、そんな台詞で締め括られていた。言いつけを破って友達と引き離された身としては、耳の痛いことだ。
「リドル、お帰り。どうだった? 例の装置は」
16時のお茶の時間では、いつも通りトレイがケーキを焼いて待っていてくれた。言いつけを破らなければ花を摘めなかったように、あの時外に出なければトレイたちにも会えなかったのだろう。一度言いつけを破ったことが、狼の腹の中に入るような危機一髪の状況を招くこともある。けれどあれほどのことがあってなお、トレイはリドルに優しく接してくれている。リドルはトレイと一緒にいたいと思っている。一度きりの選択の後で、さらにどんな選択を重ねていくか、なのだ。おとぎ話のようにお決まりの選択をなぞらされているのではなく。
「ありがとう。トレイ。……どうしてキミはそんなに……優しいの?」
そう戯れに尋ねると、トレイはにっと笑った。
「それはな——」