断頭探偵リドル・ローズハートの事件簿『ドールハウス殺人事件』 - 2/4

謎解き編

 

 

通報するとただちに警察が飛んできて、現場を保存し、屋敷中を調べて回った。

「犯行現場の窓ガラスが割られている。外部からの侵入があったと見ていいだろうな」

ティモテーと名乗った金髪の警部はそう判断した。それに対してリドルは心底うんざりしたようにため息をついた。

「ザ・ヤードの質も落ちたものだね。この窓ガラスは内側から割られている。破片を後から実践魔法で内側に引き込んだんだ。この程度の魔法痕跡もわからないのか」

魔法を使用した際に発生する物理的な齟齬、または探知に特化した魔法で調べられる魔法の使用痕跡——それらを捜査上の用語で魔法痕跡という。今リドルが言及したのは前者だった。窓の外の人間が木に登ってガラスを割ったとするには、破片の散り方に一目見てわかる違和感がある。

「なぜ、たかが違和感でそう言いきれる?」

「それだけじゃない。初代ルドルチェ氏が、人形の盗難を警戒しなかったはずがない。試しに外から窓ガラスを割ってごらん。防護魔法で跳ね返されるはず」

「確かに、魔法建築士としてのメンテナンスの中には防護魔法のかけ直しも含まれていますね……。魔法も万能ではありませんから、内側からも外側からも永遠に破損できない窓ガラスなんてものはさすがに存在させられなくて」

リドルの挑発的な物言いに、ミクロノン氏が魔法建築士として更に皮肉めいて言い添える。

「防護魔法を含む建築魔法の一式をまとめた魔導書の複写が、確か使用人室にあるはずです」

部下に取りに行かせたそれをパラパラとめくって、ティモテ―警部は顔をしかめた。何せ量が多い。この人もマジカルフォースの端くれではあるが、専門外の建築魔法をこの場で全て解読するのは骨が折れることだろう。

「魔法建築というと……まさか鍵も特別仕様じゃあるまいな」

「そうですね、専用の魔法鍵でなければ開きませんし、扉は破壊できません」

玄関や勝手口の鍵はしっかりと施錠されていた。なので、外部からの侵入者がそこを通った可能性もない。それ以上に問題なのが、被害者が立てこもっていた居室のドアだろう。それもやはり、ずっとこの応接間で、管理人のバーブ・タカラダ氏の手元で保管されていた鍵でなければ、外側からは開錠も施錠もできない。

犯人は鍵を開け、部屋に入り、被害者を殺し、窓ガラスを割り、部屋を出て、鍵を閉めた。それが『鍵のかかった部屋の中に死体』という結果から推察される工程だ。しかし、そのうち、『鍵を開ける』『鍵を閉める』という部分が不可能となると。

「密室殺人、だな……」

思わずつぶやいてしまった俺を、ティモテー警部がギロリと睨む。

「馬鹿げたことを! 鍵の持ち出しとこの場にいた全員の動きとユニーク魔法を洗えばすむことだ。それが済むまで貴様ら全員容疑者だ、このまま神妙にしていてもらおうか」

「やれやれ……」

「こんな捜査能力では、ちゃんと犯人がわかるか怪しいものだけれどね!」

外部からの侵入者の犯行で片付いていた方が面倒もなかったろうに、負けん気の強いタイプの警部とリドルがぶつかってしまったことにより面倒な事態になってしまった。

「被害者が部屋にこもってから発見されるまでの一時間弱の間、互いに見張りあっていた形になるが、途中でこの応接間を出た人間はいなかったか?」

「まず、俺とジェニュインさんがお茶を淹れるために使用人室に行きました」

「弁護士秘書と被害者の娘か……二人は今日が初対面か?」

共謀の線を疑って、ティモテー警部は俺をねめつける。俺とジェニュイン嬢はこくこくと頷いて肯定する。

「ボクの秘書を疑うとは、いい度胸がおありですね……そんなことに突っかかっていては捜査が進まないでしょう」

リドルがまた喧嘩腰になる。確かに、初対面であることを証明するのは難しいだろう。俺がうーん、と唸っていると、ジェニュイン嬢がおずおずと口を開いた。

「私、個人的な連絡先を一切持っていないので……秘書さん……クローバーさんと事前に知り合っておくことはできないのですが、信じていただけませんか?」

「個人的な連絡先がない? 十九の娘さんがか?」

「はい、母の方針で……」

ティモテ―警部の目にわずかばかりの憐憫が宿る。それを区切りに、ジェニュイン嬢と、ついでに俺への追及は中断された。

「……では、他に応接間を出たものは?」

ギィさんが、嫌々と言った調子で証言する。

「俺がいっぺんマリカ様を呼びに行きました。一人でね。ですが俺には……というか全員無理ですよ、鍵がねえんで」

「貴様は元軍人だそうだな。何か特異なユニーク魔法を使用したのではないか?」

「……俺のユニーク魔法なんてちんけなもんです。ちょっとしたものを分解したり組み立てたりできるくれえで……。大きさに制限がありましてね、屋敷にくっついてる鍵なんざ、でかすぎる」

「被害者に鍵を『開けさせた』のではないか?」

「確かにジョージは母のお気に入りでしたが……ジョージ相手でも母が化粧の最中を人に見せるなんて、ありえませんわ。母の遺体の化粧は……チークもリップもまだの不完全なものでしたから」

確かに死体は、死体であることを差し引いてものっぺりとしていた気がする。あの色のなさは意図的なものではなかったのか。

「仮にそうだとしても、閉められなきゃ意味がねえでしょう」

最後にミクロノン氏が、渋々手を上げる。

「……そこのボディガードの人が戻ってきた直後に、私がタバコを吸いに行きましたよ。換気扇のあるキッチンにね。10分も経たずに戻りましたよね? ねえ?」

部屋から一歩も出ていないリドルとタカラダさんに、ミクロノン氏は同意を求める。リドルは即座に頷いた。

「ええ、苛々して頻繁に時計を見ていたので、よく覚えていますよ」

「……ほう」

貴様には動機があるな、とティモテー警部が獰猛な目付きでミクロノン氏を威圧する。

「建築士、貴様は被害者の元夫らしいな。元妻が殺されたというのに、随分と涼しい顔じゃないか、ええっ? この屋敷の件で揉めていたのだろう? 魔法建築士の貴様なら、鍵を空けることなど造作もないのではないか?」

「建築魔法をなめないでください! 魔法建築士だからといって、10分やそこらで他人が魔道具を介してかけた魔法をそれ無しに解除してまたかけ直すなんて不可能ですよ! ましてや人殺しまでするとなると!」

一息に捲し立てられて怯みながらも、ミクロノン氏は応戦する。しかし以前として警部は訝しげだ。

「何らかのユニーク魔法を持ってしてもか?」

「そんな——何てことを言うんです!? 僕のユニーク魔法だって、今いる建物の図面を起こせるというだけのものですよ!」

ミクロノン氏は狼狽しながらトン、とメモ帳をマジカルペンで突いた。なるほど、応接間のある一階の間取り図が徐々に浮かび上がる。集中できていないせいで、その線はガタガタとしたものだったが。

「こちとら離婚調停の財産分与の時点でもう一回負けてるんです! そこの凄腕弁護士さんのおかげでね! でも僕のものじゃないとしてもこの屋敷を守りたい、その気持ちがわからないんですか!?」

三年前の離婚調停時も、二人は揉めに揉めた。お嬢さんの親権とこの屋敷の権利がまるごとマリカ氏のものとなったのは、確かにリドルの手腕とマリカ氏が悪辣な手段であぶり出したミクロノン氏の瑕疵に依るところが大きい。あの時も、マリカ氏とミクロノン氏の双方に疲弊させられて、リドルは機嫌を悪くしていた。

「それに警部さんにはわからないでしょうけど、あの人と一時間でも過ごせば、誰だって殺したくもなりますよ! だからそこの人が雇われてるんでしょ?」

「語るに落ちたな! 故に共謀して殺したと言うわけだ」

「俺があの人を殺すんなら、もっと早くに、何べんも殺ってまさぁ」

怒鳴り合う警部と建築士に、ボディガードが冷ややかな声で口を挟んだ。令嬢が目を伏せる。

「……ブライトさんのことは、本当に、ごめんなさい……」

「お嬢さんが謝ることじゃありやせんよ」

「どういうことです?」

「母はジョージをブライト氏のところから強引に引き抜いたんです」

「だというのに三年もボディガードを務めてきたんです。それで信じちゃくれませんか?」

静かな口調で懇願するギィさんに、タカラダさんが同情するような声を上げた。

「あたしも子供の頃からあの人のメイドなり管理人なりやってますけど、殺そうと思えばいつでも殺してたと思いますよ」

「バーブ!」

「実はあたしは先代の庶子なんですよ。あの人の異母妹ってやつになりますか」

「バーブ! わざわざ今言わなくても——!」

「隠すようなことでもないし、調べればわかっちゃうことなんで。……あの人をぶっ殺したいと思ったことがない人の方が、この場には少ないんじゃないですか?」

全員が後ろめたそうな、沈痛な表情で黙り込む。それは故人を悼むというよりも、故人に傷つけられてきた己を憐れんで、その死に安堵してしまうことをやましく思うような空気だった。そこへ、リドルがそっと言葉を返す。

「……たしかにルドルチェ氏は、本当に敵の多い人でしたね。うちにも何度厄介な依頼を持ち込んできたことか……」

そして俺は、ウギギギギと唸りながら『もう彼女の依頼は二度と受けない!』と憤慨するリドルを事務所運営のために何度なだめたことか。

ですが、とリドルは強い眼差しで容疑者たちを見回した。

「だからといって死んでよかったかのように言うのは間違っている。犯人は必ず捕まって裁きを受けなければならない」

この場に犯人がいるとするなら、ポーカーフェイスの達人だろう。素知らぬ顔でうつむいたうちの誰が犯人なのか、俺には見当もつかなかった。それはティモテ―警部も同じようで、ひとしきり唸ると、魔法鑑識官の増援でより力業で捜査する方針に切り替えたらしい。それを呼ぶために、部下に応接間の監視を任せて出て行ってしまった。

残された容疑者たちは、ぐったりとしながらも思い思いに過ごし始めた。

「やれやれ、とんだことになったな……」

「全くだよ……」

こんな時だからこそ、16時のお茶の時間は欠かせない。俺はリドルに、持参していたお茶のボトルと、茶菓子を差し出す。今日のお茶菓子は、クッキー缶に手製のクッキーを詰めたものだ。

「おっと、少し寄っちゃったな」

仕切りを越えて、別のスペースに入り込んでしまった小さなクッキーをひょいとつまみ、本来あるべき場所に戻す。なぜか、リドルが目を見開いた。

「……トレイ、今の、もう一度やって見せてくれる?」

「え? ああ……」

言われた通りの動作を繰り返す俺を、リドルは目を見開いたままみつめる。そしていきなり、「そうか……もしかして……!」と何かに突き動かされるように立ち上がった。応接間を監視している警官の一人に声をかける。

「キミ、今すぐティモテ―警部を呼び戻すんだ! ミクロノン氏にも声をかけて! 一か所、調べる必要がある」

呼び戻されてうんざりした顔の警部に、リドルは何事か耳打ちした。どうやら何かを閃いたらしいその表情を、俺は不謹慎にもワクワクとした気持ちで見つめていた。

 

読者の人たちはもうわかったかな? わかった人もあと少し、解決編まで付き合ってくれ。