断頭探偵リドル・ローズハートの事件簿『ドールハウス殺人事件』 - 3/4

解決編

 

 

「貴様の言った通りだ、ローズハート弁護士。断頭探偵の異名は飾りではないようだな」

「ボクは探偵ではないと何度言えば……まあいいでしょう。それでは移動しましょうか、謎解きにふさわしい場所へ」

屋根裏部屋へと移動させられた関係者は、ざわざわと戸惑っていた。令嬢を守るようにボディガードが立ち、管理人と建築士は少し離れて人形を案じるように見回していた。令嬢が、不安げな声で問いかける。

「ローズハート先生、こんな狭い屋根裏部屋に人を集めて、何をなさるんですか?」

「狭いから、ですよ。最初から不思議だと思っていました。屋敷の広さに対してこの屋根裏はあまりにも狭い」

『こんな狭い空間にまで、ぎっしりと人形が……』とリドルが感嘆の声を上げてから、数時間しか経っていない。リドルは一枚の紙片を広げると、俺に指示を出した。

「トレイ、そこの床板を一枚剥がすんだ」

「ああ」

床板を剥がすと、すぐ下には一階のキッチンの風景があった。奇妙なことに。また別の床板をはがすと、ダイニング。書斎、使用人部屋、二階の居室群など、床板をはがすごとに、次々と違った部屋が現れる。もちろん、犯行現場となった二階の寝室もだ。

「もうおわかりですね。この魔法建築は、全ての部屋がこの屋根裏と繋がっている」

それはまるで、ジオラマやミニチュアを上から覗いたような光景だった。

「建築魔法の制約で、建て増しした部屋すべてをここに繋げなければならなかったのか、あるいは初代ルドルチェ氏のオーダーか……。後者でしょうか。初代は好んでここで過ごしたそうですので」

『初代ルドルチェ氏は特にここがお気に入りで、暇さえあれば屋根裏部屋に入り浸っていたそうですわ』と、今は亡きマリカ氏が紹介してくれたのを思い出す。

「犯人はこの屋根裏を経由して移動したと——そうおっしゃるのですか、ローズハート先生」

確かにこの床の穴を利用すれば、専用の魔法鍵を開けて閉めるという工程の一切が不要になる。犯人は屋根裏部屋へと向かい、床穴をくぐって犯行現場へと入り、そして同じようにこの穴から出るだけだ。ドールハウスで人形遊びをする子供は、わざわざドアなんか使わない。ただ仕切りをひょいと越えさせて移動させてやるだけでいい。俺がさっきクッキーをつまんで移動させたように。

「では……この屋根裏部屋の秘密を知っているものが犯人ということか?」

ティモテ―警部がぎろりと魔法建築士のミクロノン氏を睨む。この屋敷を愛し、保守を担っていた彼がこれを知らないはずがない。ミクロノン氏は、ひぃっとすくみあがった。

「とんでもない! この高さを見てください! 降りるだけならまだしも、どうやって天井までまた登ったって言うんですか! それにもし犯人だったら、みすみす捜査に協力なんかしませんよ!」

リドルの手元にある紙片は、ミクロノン氏がユニーク魔法によって書き起こしたこの屋敷全体の図面だ。そこには、どの部屋が屋根裏のどの床板と繋がっているかもはっきりと記されている。さっき関係ない床板まではがさせたのは、そこに嘘がないかを見るためだろう。

「では、誰かに屋根裏部屋の秘密を教えましたか?」

「弊社の魔法建築士なら当然知っていることだが、この部屋にいる人間には、誰にも……」

「使用人室には建築魔法一式をまとめた魔導書がありますよね? タカラダさんはご存じだったのでは?」

「あたしは魔法士じゃないんでね。あいにく魔導書は放置してましたよ。さっきだって急いで埃を払って持ち出してきたんです。まだ調べれば、ページに埃が挟まってるかも」

「じゃあ他に誰が……」

「…………」

一同が静まり返ったなかで、リドルが床に倒れている一体の人形を拾い上げた。

「……ギィさん、あなたのユニーク魔法について、もう一度説明していただけますか」

「……言ったでしょう、『ちょっとしたものを分解したり組み立てたりできる』程度のもんですよ」

「それでは、この部屋のものを利用して、部屋に出入りすることが可能ですね」

リドルが静かに真相へと歩みを進めていく。回りくどい言い方はしない。いつだって危なっかしいほどストレートだ。

「……へえ?」

「例えば人形の服を分解してロープ状に組み立てたり。人形自体を分解して梯子状に組み立てたり。あなたのユニーク魔法ならそれが可能だ」

「そんなのは俺が犯人だって証拠にはならねえでしょう。俺のユニーク魔法じゃなくたってできるはずだ。人形を踏み台にして、後から物を動かす魔法で引き上げりゃいい話なんだ。そこの建築士先生にだって、十分できまさぁ」

「では、この部屋中の人形を鑑識に回しても問題ないということだ」

「……それは」

「ギィさんかミクロノンさん、どちらかの痕跡は出るはず」

リドルはそう言って、人形の服をぺろりとめくった。その下には、わずかに靴痕がついている。タカラダさんが定期的に手入れしているはずの人形にはあり得ない汚れが。

「いや、いや、いや。そこの建築士先生で決まりでしょ? 俺はこんな気色悪い屋根裏部屋のこと、知らなかったんですぜ」

「お人形を踏みつけるなんてとんでもない!」

ミクロノン氏がけたたましく拒否反応を示す。それをリドルは一瞥して、尚もギィ氏を追い詰めていく。

「なぜそこまで抵抗を? 実を言うと、実はもう既に一体、鑑識に回した後なんです。そろそろ結果が出るでしょう」

「ぐ……」

ギィ氏は、低く唸ると、ゆらゆらと数歩、後ずさった。

「わかった、わかった……認めますよ。あのクソ女を殺ったのは俺です」

だがなァ——とギィ氏はまだ、ふらふらしている。そしていきなり、ぐん、とタカラダさんに向かって距離を詰める。

「俺の魔法は人間も解体できるんだ! もっとも、物と違って組み立て直せはしないがな!」

「ひ——!?」

左手でタカラダさんの襟首を、右手でその辺りにあった人形を掴む。右手の人形が、関節ごとにバラバラになって床へと落ちた。

「人質をこうされたくなければ、道を開けな」

「ジョージ——やめて、バーブに酷いことしないで——」

「お嬢さん、いい子だから下がってな。あんたにとってこのオバサンは、実の親より大事な人間だろ?」

血走った目に映る何もかもを呪うように、ギィはじりじりと出口へと進んでいく。元軍人だけあって、隙がない。

「そんなにルドルチェ氏が憎かったのか?」

「……俺は最初は単なる“貸し出し”だったんだ……。あの女がしつこく俺を要求して……。だが俺があの女の傍にいる間にブライト社長は死んじまった! あのクソ女の差し金で!」

「そんな——」

『強引に引き抜いた』ということしか知らなかったのだろう。ジェニュイン嬢は息を飲む。それが本当にマリカ氏の仕業かどうか、今ここで確かめる術はない。だがギィの中ではそれが真実なのだろう。

「その後はもっと地獄だった! あの女は俺を玩具みたいに弄んで……なァ、お嬢さん、あんたはわかってくれるだろ?」

「わたし、わたしは——」

「……はあ」

俺はため息をついた。時間稼ぎはもう十分だろうか。犯人にこれ以上語らせる必要はない。やれやれ、と肩をすくめる。

「どうしてリドルが断頭探偵と呼ばれているか、知っているか?」

「ああ?」

『判決を聞かせてあげよう……評決はあとだ。覚悟はいいかい?』

研ぎ澄まされた魔力の渦が、詠唱で一気に形を成していく。自分の感情にとらわれていたギィはようやくそれを察知したが、既に遅すぎた。

首をはねろオフウィズユアヘッド!!」

「……何っ!?」

俺やジェニュイン嬢に気を取られた一瞬の隙に、ギィの首には枷がはまっていた。元軍人と言えど、隙さえ作ってしまえばリドルの瞬発力には勝てなかったようだ。

「そんな——ッ!? 俺の魔法が!」

「確保だ!」

警官が一斉に飛びかかり、人質を引き剥がして数人がかりで容疑者を取り押さえる。

「まったく、あっけないものだね……」

「ぐ……」

組み伏せられた容疑者は、もはや呻くだけだった。もがきながら、じっとりとした瞳でこちらを見上げる。「どうして……」よろけながら後ずさったジェニュイン嬢の肩を、ミクロノン氏が支える。それを見て、ギィは目を伏せておとなしくなった。

こうして、『ドールハウス殺人事件』は幕を閉じた。