断頭探偵リドル・ローズハートの事件簿『ドールハウス殺人事件』 - 4/4

真相編

 

 

「母を憎んでいるからと言って、ジョージがまさかこれほどのことをするなんて……」

ギィは警察に連行されていき、タカラダさんは一応目に見えない魔法危害を加えられていないか検査のため病院へと運ばれた。ミクロノン氏やリドルは後処理に終われている。何せ押収される人形の数が膨大すぎる。俺はというと、多大なショックを受けたであろうジェニュイン嬢のケアを暗黙のうちに任された。ジェニュイン嬢は、ガタガタと震えている。信頼していた相手が起こした凶行に動揺しているのだ。それだけではない。これから彼女は、この屋敷を含むマリカ氏の遺産や事業を相続していくことになるのだろう。ミクロノン氏やタカラダさんなど、頼れる相手もいるだろうが、先行きを不安がるのも無理のないことだ。

そこでふと、気になっていたことを思い出した。

「あの……ミクロノンさんはあなたにとって信頼できる人ですか? 親子なのにあまり話しているところを見られなかったので」

「父は……お人形と建築の方が大事なんです。それに熱意やパニックで周りが見えなくなりがちな人ですから、事件が解決するまではこの家のことや自分の頭がいっぱいだったんだと思います。でもこれからは、きっと私の話も聞いてくれると思いますわ」

「そうですか。……ならよかった」

まだ、妙な点はいくつかある。俺は面倒を押して、頭の中に質問を準備することにした。

「……それ以外にもいくつか、不思議な点があるんですが……おうかがいしても?」

「ええ、構いませんわ」

令嬢の震えはいつのまにか止まっていた。

「事件が起こる直前、どうしてあなたは紅茶を6杯しかいれなかったんですか?」

協議のために集まったのはマリカ氏、ミクロノン氏、ギィさん、タカラダさん、ジェニュインさん、リドル、そして俺の計7人だった。ジェニュイン嬢自身は飲まないつもりだろうかと気にもとめなかったが、そうではなかった。

「もしかしてあなたは、ルドルチェ氏の分をいれなかったのでは?」

「……ええ、いれたところで冷めてしまうと思っていました。ほら、母はお化粧に時間をかけるから——」

「でも、ああいうタイプはどうせ無駄になるとわかっていても、自分の分だけ用意されていなかったらきっと機嫌を損ねるはずだ」

「…………そうね。……いつもそうだったけれど……私、たまには母に反抗したくなったんです。だめかしら?」

「……そんなことはありませんよ」

「まさか母にお茶をいれる最後の機会になるなんて、私も思っていなかったんです……」

「そうですよね、お察しします」

悄然としてうつむくジェニュイン嬢に、俺は次の疑問へと移る。

「……どうしてギィは、側にいたあなたではなく、わざわざタカラダさんに接近して人質にしたんでしょうか」

「わかりませんわ……人殺しの考えることなど……。でも、3年も一緒にいましたから……情けをかけてくれたのかも」

「情けか……それ以上にも見えましたが」

「それ以上だなんて、そんな……いやだわ……」

「俺としては、どうしてギィが屋根裏部屋の秘密を知っていたのか——というのも気になっているのですが」

「さあ……わかりませんわ。クローバーさん、どうかこれ以上意地の悪いことをおっしゃらないで」

わからない、わからないとかぶりを振る横顔は、亡くなった母親にそっくりだった。その顔からふと表情が抜け落ちて、人形のように虚空を見つめる。

「でもそういえば……。私、お母様に屋根裏部屋に閉じ込められたことが何度もあって……。とても怖かった……。ジョージに、その話をしたことがあるかもしれません」

「……なるほど」

「誰かに告げ口しますか? 例えばあなたの愛しのローズハート先生に?」

「いいえ。安心してください。……あいつは知らなくていいことだ」

「そうでしょうね……あの方も確か、お母様と上手くいっていないんでしょう? ……例の事件のこと、新聞で読みました」

「……」

リドルが医術士にならないと告げたとき、ローズハート夫人は当然のごとく激昂した。そして、リドルにマジカルペンを向け、強い攻撃魔法を放った。リドルもたまらず応戦し、屋敷が半壊するほどの事態となる。そうなると事態を内々に納めることはできず、騒ぎを聞き付けた近隣住民の通報によりマジカルフォースが呼ばれた。そして俺が駆けつけた時、リドルはもう一人きりだった。

支配する側は、その支配を維持しようとする。支配される側がそこから逃れようとするときには、力がいる。それは時として暴力になり、どちらかの退場を招く。リドルの母親は少し前に出所したが、もうリドルに接触することはできない。生きてはいるが、ともすればそこに『完全なる退場』の可能性があったことを、リドルは気に病んでしまうかもしれない。

「ねえ、クローバーさん。確かに私……いえ、ジョージとお母様の関係はそれほど素敵なものではなかったかもしれないけれど……。私にはあなたとローズハート先生も、あまり対等には見えません」

リドルとの関係は、学生時代から変わっていない。恋人になってから十年以上にもなるが、成長し合える関係ではないという自覚はあった。傍目にはリドルが俺を使っているようにも見えるのだろう。俺がリドルに尽くし過ぎているようにも見えるのだろう。支配の類型にも、見えるのだろうか。

「私、これからこの屋敷を使って新しい事業を始めるつもりです。手伝ってくださいませんか? あなたはよく気がつくようだから」

「いいえ、遠慮させてもらいますよ」

だが、それがどうしたというのか。たとえどちらかがボロボロに擦り切れて不幸になったとしても、俺はリドルの手を離すつもりはない。

「そう……残念だわ」

「もし何かあったら、いい弁護士事務所を紹介します」

俺が彼女とさりげなく距離をとったその時、後処理を終えたリドルとミクロノン氏が戻ってきた。令嬢をその父に任せて、俺はリドルと屋敷の玄関をくぐる。

「こんなことになって、心配だね……」

「大丈夫だろう。『断頭探偵』の活躍で事件は解決したんだから」

「き、キミまでそのくだらないあだ名でボクを呼ぶの!?」

悪い悪い、と宥めながら、俺は車のキーを取り出す。気色ばんだ顔には紛れもなく血が通っている。支配に似た不均衡、目まぐるしく変わるバランス……そういうものが俺とリドルの間に存在するとして、どちらかが人形や玩具になっていないのなら、それでいいのではないか。喜怒哀楽に真っ赤に染まる顔を愛しているという俺のその感情も、紛れもなく人間のものだ。

すっかり夜になった街に車を出して、俺とリドルは『ドールハウス』を後にした。