【3】
ウィンターホリデー前最後の面談で、ローズハートは明らかに不安定だった。いつもなら、大して話してくれないなりに最低限優等生のすまし顔は保っているものだが、目に見えて気落ちしている。成績は主席、あれから何の問題も起こしていないのに。
「どうしたの?」
普段なら何も返ってこないのがわかりきっていることだしもう聞いてあげないが、今わたしは機嫌がいいのでにっこりと問いかける。
「特に、何もありません」
ほらね! まあわざわざ言わなくても、あの家に帰るのが憂鬱なんだってわからないほどわたしも無神経じゃない。だけど、ここで一つ無神経をしなきゃいけない。
「そうだ、これ、あなたのお母様に」
封筒を差し出す。郵送するより今回は直接渡してもらおう。彼はわたしと彼の母親が手紙でやり取りしていることは勿論知っている。握りつぶしたくもなるだろうが、直接渡してもらうことで、わたしがちゃんと面談の場を設けている証明になる。
「中を見ても?」
「いいわよ」
まだ封をしていないのは、そう言うだろうと思ったからだ。きっと彼にはわたしがママの手先のように見えているんだろうが、この手紙を読めば、少しはわかってもらえるだろう。わたしは敵じゃない。味方でもないけど。ただ仕事をしているだけ。
「……こんな手紙を、渡すわけにはいかない」
「……はァ?」
わたしは耳を疑った。そんなに肩を震わせて青ざめるようなことは書いてないはずだ。これまでの当たり障りのない手紙の中でも一番の出来。読みごたえはあるけれど、読み終わったら情報が特に残らない。そんな最高の手紙を書き上げたはず。
「……今、なぁーんて言ったのかしら?」
「こんな手紙を渡すわけにはいかないと言ったんです。——どうして、トレイの名前が出てくるのですか」
「……『リドルくんは寮長として寮生と支え合いながら頑張っています、特に副寮長のトレイ・クローバーくんとはよい信頼関係が築けているようです』——って事実じゃないの、何が不満なの? 一人で頑張ってることにしたいのぉ?」
苛立ちから、要約して読み上げる口調もキツくなる。結局のところそれだけの内容を、クローバーから仕入れたどうでもいいエピソードを引用しながら便箋3枚にまで膨らませた功績を誉められこそすれ、こんな涙と怒りを滲ませた目で睨まれる覚えはない。
「違っ! ……お母様がトレイのことを思い出したらどうしてくれる。大体あなたは迂闊すぎる。トレイの実家のお菓子を持ち込んだことだってそうだ!」
そして彼が語ったのは、ローズハート夫人とトレイ・クローバーの、ひいてはその実家の菓子店との因縁。わたしは深く溜め息をついた。馬鹿馬鹿しくて。
「薔薇の王国って、児童相談所とかないのかしらって思ってたけど、営業妨害や名誉毀損や騒音罪の概念もないの?」
「……は? 4つともありますが……」
心外そうに言う目の前の子供に、わたしはいつの間にか作り笑いをやめていた。今笑っているのは、素の、嘲笑だ。
「だったら、もう後がないのはクローバーさんちじゃなくてあんたのお母様だと思うわよ」
「——でもお母様は」
「権力や名声やお金は確かに問題を先延ばしにしてくれるけど、それには限度があるってあんたならわかるでしょーお?」
正直、手紙のリテイクをするのが億劫で言葉を並べているのにすぎないが、ローズハートは俯いて膝の上に置いた手の甲を見た。
「クローバーがあんたのこと甘やかしすぎちゃうってよく言われてるらしいけど、あんたのママなんて町ぐるみで甘やかされてるじゃないの。不快なものが目に留まらないように先回りして隠して——知ったこっちゃないのよ」
本当にそんなこと知らなかった。知る由もないでしょう、だってわたしは彼の内面の回想を見たりしたわけじゃないんだから!
「いいこと? 大人が甘やかす筋合いのある大人は恋人だけよ。わたしにはそんな筋合いはないし、他の町の人たちだってそう。勿論あなただってそうよ。子供に甘やかされてる親なんて最悪よ!」
脳裏に浮かぶのは、わたしのかわいいチワワちゃんと、その養い親。根は善良で優しいが、とびきり愚かで——たくさんの養い子に甘やかされた男。貧しさから『これしかないんだ』と犯罪に手を染めて、養い子たちにもそれを手伝わせていた。わたしの恋人は、そいつと一緒に今塀の中だ。
個人的な怒りを迸らせながら封筒を取り返すと、爪の先に簡易な炎魔法で火を灯す。シーリングワックスを溶かして、ガンッ! とスタンプを叩きつけるように封をした。
「言っておくけど、手紙でクローバーの名前が出るのはこれが初めてじゃあないし、あんたのママがお菓子を受け取らなかったのは別にクローバーの家のやつだからじゃないわよ」
渋い顔で手紙を受け取ると、子供は職員室から出ていった。勢いよくドアが閉まる音がする。わたしはそちらの方を見ない。熱でよれてしまったマニキュアを、一度落として塗り直さなくては。もうすぐ、久しぶりに面会できるんだから。