ミス・ジョージィは薄情 - 6/7

【6】

 

ローズハートはすっかり安定しているように見えた。全国魔法士養成学校総合文化祭を終え、運営委員長としての仕事も後処理まで問題なくやりとげた。面談でも、優等生のすまし顔を保てていた。10分きっかり、概ねもう済んだことの話をして、先のことについてはほどほどに。そうして、最後はお菓子と一緒に職員室の出口まで送っていく。
わたしはそのまま、学校で購読している経済紙を図書館へ返しに行こうとしていた。
「あらぁ」
「ん……? ああ、こんにちは」
図書館の前で、トレイ・クローバーとバッタリ出会った。彼にはいつも、わざわざ呼び出すまでもないタイミングで会える。そして彼の女王様について“世間話”をしてもらっているのだった。便利なことだが、おそらく偶然じゃないだろう。
「最近のリドルはどうですか? さすがに面談で癇癪を起こすことは無いでしょうが」
ヨロイに触れて眼鏡のずれを直しつつ、珍しくも彼の方から尋ねてくる。
「そうねぇ。最近はすっかり大人しくなって……元々素直な子なのねぇ、あの子」
「そろそろ面談をやめてもいいのでは?」
口許だけで笑ってクローバーは言った。
わたしには様々な噂が纏わりつくが、その中の一つに『ミス・ジョージィはショタコン』なんてものがある。わたしの恋人との写真を見た獣人属以外の生徒は、わたしのことを小児性愛者だと誤解するらしい。ちなみに獣人属の生徒でもその噂を聞くとチワワではなく子猫の方、つまり義理の弟が恋人なのかと誤認するため訂正はしてくれない。恋人とのツーショットと家族写真の区別くらいつかないものだろうか。まったくもってゾッとする噂だが、わたしはそれを放置していた。そうしておけば、美しいこのわたしに懸想するかわいそうな生徒を出さずに済むし、わたしとしても不毛どころか立場を悪くするだけの関係を築かずに済むからだ。赴任した頃は、男所帯で夢を見させてあげるくらいなら楽しいかしら、と思っていたが、それを遥かに越えて子供というのは厄介だったし、教師という立場は面倒だった。
情報提供時にクローバーが微かに眉を吊り上げて、芥子色の瞳を鋭くしてこちらを警戒しているのは、そういう理由だと思っていた。しかし最近はそれだけでもなさそうだ。
「あらぁ、そういうわけにはいかないわ。あの子のお母様に頼まれてるし——」
「もう大丈夫ですよ、リドルは」
薔薇と紅茶とインクと紙。少し前のローズハートは、概ねそんな匂いがしていた。しかし最近になって、別の人物の匂いが濃く被さっていることが増えた。砂糖や小麦、フルーツに菫。無理矢理に視覚で例えるなら、頭からこの男の色のペンキを被っているようなものだ。明け透け過ぎて気まずいが、鼻が鈍い連中にはわからないのだろうか。それとも、あえて声高に主張しているのか。噂を抜きにしても、わたしにまで牽制をするなら、後者なのかもしれない。
「まだ予断を許さないわよ。また突然不安定になるかも。そうね、例えば——半年後とか?」
「……」
今安定しているのが、“そう見える”だけでも別にいい。こいつとあいつの関係が、不安定でも不健全でも不純でもどうだっていい。ただ、9月のクラス替えまで何も起こらなければそれで良かった。来年も担任になっちゃったらそれまでだけど。とにかく、サマーホリデーか、4年生になったクローバーが学園を離れる時が次の峠だと予測して、わたしは釘を刺した。
「させませんよ」
クローバーははっきりと言った。相変わらず眼鏡の奥の目つきは剣呑で、食えないアルカイックスマイルではもうなかった。
「……そーお。助かるわぁ」
面談はやめないけど。それじゃあね、とすれ違って図書館に入る。
この先どうなるかなんて誰にもわからない。突然今までの人生で考えてもこなかったことを勉強したくなって学位を取っているかもしれないし、その分野で論文やコラムを書いているかもしれない。恋人が出所するまでの退屈しのぎに始めた仕事が、存外楽しくなってしまうかもしれない。
あの子たちのこの先は少し気になる。それは心配というよりは、まるでドラマを見るような遠さと気楽さがあって、やはりわたしは薄情なのだった。