激闘!!ぬいバトラー!!
生き物の形をしたぬいぐるみは、想いを受け願いを受け——容易くまじないの依り代となる。NRCの授業で教えていたのは、その初歩の初歩、作り主を模した身代わり人形の作り方にすぎなかった。
それを思考と感情によって動かそうと思ったのは、ぬいぞりからインスピレーションを得たイデア・シュラウドだった。
それを真似て宴で踊らせ、学園中に広めたのはカリム・アルアジームだった。
それらに出力を落とした魔法を撃たせ、ぽふぽふと戦わせようと思ったのは、デュース・スペードとエース・トラッポラだった。
「魔力回路逆にして持ち主にダメージ入るようにした方がスリル出て面白くなるんじゃね?」と言い出したのはフロイド・リーチだった。
かくして、条件が揃ったぬいぐるみたちは持ち主と一心同体の闘士となったッッ!!
NRCでは掃除当番から購買への買い出し、食堂の席取りまでありとあらゆることがぬいぐるみバトルで決せられるようになる。
魔法を使用した私闘は本来校則違反——しかし「ただぬいぐるみ同士をじゃれさせてるだけでーす」と言い訳されてはどうしようもなく、教員たちのほとんどは「殴り合いの喧嘩よりマシ」「成績向上にも繋がりそうだし」とこれを黙認。ディア・クロウリーも、取り締まるのを大いに面倒くさがった。
世はまさに、大ぬいぐるみバトル時代ッッ!! 少年たちの戦いが今、幕を開ける!
激闘!!ぬいバトラー!!
(前回までのあらすじ:ハーツラビュル寮内でも“ぬいバト”は大流行。連日クロッケー場や談話室ではぬいたちが大立ち回りを繰り広げる。当初は眉をひそめていた寮長リドル・ローズハートだったが、エースに煽られながらも“ぬいバト”が自身の魔法の腕を活かせるフィールドだと知るや、そこでもトップに君臨しなければ気が済まなくなってしまった。寮長が“ぬいバト”に乗り気と見た一般寮生どもは、日頃の鬱憤を晴らすいい機会とばかりに挑みかかる!)
「寮長! 俺が勝ったら消灯時間一時間遅くしてください!」
「却下する! 規則正しく生活するように」「ぬいっ」
「ぐわーッ!」
「寮長! 使われてなさそうなチェスト使ってもいいですか!?」
「却下する! 備品のみだりな移動は許可できない。それから、私物は所定の容量に収めるように!」「ぬっ! ぬぬっ!」
「ダメかーッ!」
「寮長! 共用冷蔵庫の区画配分してくれませんか!? 今一部の上級生が占有してるんです!」
「それについては近い内に整理して検討しよう、だがキミは倒す」「ぬんぬっ!」
「ひーッ! ありがとうございます!」
「寮長! スカート履いてくれませんか!?」
「却下!!!!」「ぬーーーーっ!!!!」
「あばーッ!」
「ちぎっては投げ……だな」
「オレ的には、“ぬいバト”よりぬい撮りの方が流行って欲しいんだけどな~」
「お前も列の後ろに並ぶか? リドルに勝てれば、ぬい撮り会を主催できるかもしれないぞ?」
「それ、本末転倒じゃない?」
“ぬいバト”にかこつけて意見や要望を直訴する寮生たちの列は、まだ続いていた。都度ぬいぐるみを直しながら、要望ひとつひとつのため、めげずにリドルへ立ち向かう。その蛮勇と無謀に呆れながら、トレイとケイトはリドルを見守っていた。戯れのようなバトルだけで済めば、それでいい。だが。
「へっへっへえ……! 俺たちがぬいバトで勝てば、なんでもない日のパーティーのケーキ決定権はいただきますよ」
「なァ~にがイチゴタルトだ! いい加減飽き飽きなんですよ! 今の旬はぶどうです!」
「君たちはそういう理由かい……こんなに不満が溜まっているとはね」
一際態度の悪い連中が、列の先頭に到達した。リドルは澄ました顔だが、わずかに息が上がっている。それを見落とさず、トレイは眉をひそめた。そしてすぐ、動き始める。
「“ぬいバト”はケンカだ……お上品な寮長にはノリが掴めないだろうぜ!」
「魔法の強さで押しきってきたが、これで98戦目——さすがの寮長といえど疲弊してるはず!」
「それにこちらは四人! これだけ有利な条件が揃えば……勝てるんじゃあねーかッ!?」
「随分と甘く見ておいでだね——」
いいだろう、かかっておいでとお決まりの挑発をしかけたリドルの隣に、トレイは音もなく並び立った。
「おっと、お菓子に対する文句なら、俺にも聞かせてもらおうか」
「げえっ、副寮長……!」
「トレイ、余計な手出しは無用だよ」
「混ざりたくなったんだよ。いいだろ?」
「ぬい」
そっと床に立たされたトレぬいもまた、凛として立つリドぬいの隣へ当然のような顔で並んだ。
フルコンディションの副寮長が加勢に入ったことで、挑戦者たちは狼狽する。
「お、おい、マズいんじゃねえか……?」
「ええい、今さら引っ込みがつくかッ! やるぞ!」
「もういいですか? 位置について——ぬいバト……ファイッッ!!」
審判役の生徒が落としたチープで軽い手鏡は割れなかった。けれどそれがカラン、と地面に落ちると同時に——リドぬいとトレぬいは動いていた。
「ぬっ!」
「ぬ゛っ!?」「うぐーッ!?」
トレぬいの放った草の魔法が、近い位置にいた寮生ぬい二体を拘束し、そこへリドぬいの放った炎魔法が激突する。炎魔法とはいっても、出力を落としたそれは目に見える熱の突進のようなもので、ぬいぐるみたちを灰にしたりはしない。けれど寮生ぬい二体を場外へ弾き飛ばすには十分だった。痛みを共有している持ち主たちも、壁際へと吹っ飛ぶ。
「数のアドバンテージがもう無くなったな?」
「戦術や連携を疎かにするからこうなるんだ」
「あ、アンタらだってそんな暇はなかったはず——ひぃッ!?」
確かに、そう言うトレイとリドルには打ち合わせをするだけの時間など無かった。けれどトレぬいとリドぬいは、前衛と後衛の役割をすんなりと分担している。それに驚愕しているうちに、残り二人の内片方は、氷付けにされていた。
「さて——まだイチゴタルトに文句がおありかい?」
ぽふ……ぽふ……とトレぬいとリドぬいがただ一つ残った寮生ぬいを追い詰める。そのちいさな丸い手に魔力を充填させながら。
「お、俺が悪かったッ! もう二度とイチゴタルトを貶したりしない——ッ! 降参だ!」
寮生と寮生ぬいが同時に平伏したのを見てとるや、リドぬいたちはぴたりと動きを止めた。
「まったく、呆気ないものだね……。でも、まあ——」
リドルがマントを翻しながら続けようとした言葉を、寮生は聞こうとしなかった。這いつくばりながらも手放さなかったマジカルペンを、トレイだけが見咎める。
「おい、あいつ——」
「くそっ……後ろががら空きだっ!」
往生際の悪い寮生ぬいが放った氷魔法の霜柱が、リドぬいの背後の地面を嘗める。
「リドルッ!!」「ぬいッ!!」
トレぬいがリドぬいを突き飛ばす。霜柱の終着点に突き出た氷柱が、トレぬいの下半身を掠めた。トレイも、連動するように膝をつく。
「トレイッ!?」「ぬッ……!」
リドルはリドぬいと、少し綿の出たトレぬいを一緒に拾い上げる。その肩はわなわなと震えていた。
「……たまには季節を取り入れるよう、調理班に提言してもいいと……そう言うつもりだったんだよ。でもキミは——お前は——!!」
赤く染まる顔、見開かれる目、逆立つ髪。リドル・ローズハートを打ち負かすという戦功に目がくらみ、卑怯な手を使った寮生は後悔した。
「首をはねろ!!!!」
「まさかダメージ回路を切っていたなんてね……」
「結果的によかっただろ?」
あの騒ぎのあと、“ぬいバト”はハーツラビュルで下火になった。トレイはぬいぐるみの受けたダメージを持ち主へと反映する回路を切っていたため、膝を折ったのは演技だったのだが、あまりのリドルの怒りように寮内全体が静まりかえってしまった。
“ぬいバト”に使われたぬいぐるみたちのほとんどは、持ち主のチェストなんかで眠っている。負傷したトレぬいは、リドルの不器用な指先で縫合されたところだった。その顔はどこか誇らしげに見えた。
「ぬいぐるみとはいえ……いや、ぬいぐるみだからこそ、かな。キミが傷つくのを見るのは、怖かったよ」
リドルは、トレぬいをぎゅっと抱き締める。
「ボクはぬいぐるみを持つのが初めてだから、よくわかっていなかったけれど……ぬいぐるみは争いのための道具じゃない。愛情を預ける器なんだね、トレイ」
「……そうだな」
トレイ・クローバーは、それほどぬいぐるみを可愛がるタイプではない。ウサギのぬいぐるみの耳やネコのぬいぐるみの尻尾を“取手”として使うタイプである。けれど、リドルに芽生えた情緒を大切にしたくて、静かに頷いた。
「よければそいつはそのままお前が持っててくれないか?」
「いいの?」
「お前のところにいた方がそいつも嬉しいだろ」
それからまもなくして、学園内での“ぬいバト”は完全に禁止となった。モストロ・ラウンジ近辺で行われていた大会、通称“競ぬい”にて金銭をやり取りする賭博が横行していたことが明るみになったからだ。アズール・アーシェングロットは、「そのようなことが行われていたとは知りませんでした、誠に遺憾です」と関与を否定している。
今やトレぬいとリドぬいも、小さな手と手を重ねてリドルの机の本棚に寄りかかっているのみである。
「おや、かわええ~ね」
ふらりと侵入……遊びに来たアルチェーミ・アルチェーミエヴィチ・ピンカーがそれに目を止めた。
「ロイヤルソードアカデミーの授業でも“身代わり人形”はお馴染みだろう?」
「それもあるけどにゃあ……うちじゃあ、こいつを好いとる相手に渡すのが流行ったぜぇ~?」
「…………チェーニャ……それ、トレイには?」
「大分前に教えたかねぇ~?」
リドぬいとトレぬいを慌てて抱き上げると、リドルは部屋を取り出し、疾走した。後にはチェーニャの、普段よりもつり上がった三日月だけが残された。