家を出るとき必ずすること
「“hug”じゃないの?」
「文字数があわないでしょ」
「じゃあ“kiss”?」
「それも頭文字が合わないよ」
末っ子と真ん中はうーん、と唸った。目の前にあるのはA4の方眼紙に手書きされたクロスロードパズル。
厳しい方の父が稀に見せる茶目っ気が、このクロスロードパズルだった。鍵っ子たちが帰宅すると、こうしてリビングテーブルの上にパズルが出題されていることがある。三人それぞれに用意された問題を解かねば、今日のおやつにはありつけない。……というわけではないが、答えが今日のおやつのヒントやちょっとしたメッセージになっているので、その意を汲んでやりたい。音を上げた末っ子に真ん中が知恵を貸してやるが、真ん中も泥沼にハマってしまったようだった。
「もうおやつにしようよ~」
「お父様が出題ミスなんて……信じられない」
「どれ、見せてごらん」
自分の分を解き終わった一番上が、紙を覗き込む。そして——アハハ! と声を上げて笑った。
「“家を出るとき必ずすること”、ね! あのねえ、他所のおうちは出かける時に必ずしもぎゅーとかちゅーとかしないんだよ」
「えっ!?」
「へ~!!」
両親を見ていると錯覚するのも無理はないが。あの二人ときたら、喧嘩した日の翌朝であっても家を出るときの抱擁と口づけは欠かさないのだ。
「でも、“hug”はあながち遠くないかもしれないね」
そう言うと一番上は、二人を抱きしめてうりうりと頭を撫でる。二人がきゃあきゃあと声を上げながらじたばたするのを腕の中に閉じ込めながら、とある月曜日の朝の両親の長い抱擁を思い出す。
『気が重いな、今日は』
『俺もそんなお前を行かせたくないよ』
『でも、そういうわけにもいかないだろう? ……行ってきます』
大人には、どうやら仕事に行くのがつらい日もあるらしい。あの時の二人はまさしく、互いを強く“lock”していた。