其は優しき深淵の底/11月1日、日常にて - 1/2

ツイステッドワンダーランド/トレイ・クローバー×リドル・ローズハート

『其は優しき深淵の底』
※幼少期のリドルくんにちょっと希死念慮があります
エンハロ直後のリドルくんが見た夢の話。イメソンは人間椅子の『深淵』
カードイラストが発表された瞬間からもう深淵!!!!!!!!!って思ってたので書けてよかったです

『11月1日、日常にて』
※捏造女教師視点(ミス・ジョージィは薄情から続投)
※描写のない教科や世界観への多大な捏造あり
エンハロクリア直後の、11月1日臨時休講にしてあげてほっっっし~~~けど補講のスケジュール調整とか大変だろうし打ち上げ参加してない先生とか一次会で普通に帰った先生とかに説明して納得してもらうの大変そうだし難しそうだなあ~~~という気持ち
+
エンハロの大人が触れられない領域で起きた子供だけの冒険と楽しみがめちゃくちゃ眩しかった気持ち
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前書いたやつで魔法経済学という教科を捏造したけどそれどんな教科なんじゃいという気持ち
でできています

其は優しき深淵の底

 

落ちてゆく。それだけを感じていた。空気を切るような感触も、水中を沈んでいくような感触もない。真っ暗闇の中をただ、下へ下へと落下している。スケルトンの仮装の骨を模した白いリボンだけが、逆らって上へ上へとたなびいている。ひとつの音もない、静かな世界だった。
シルクハットを抑えて落ちていく道連れの、芥子色の目だけが光って見えた。ヴェールの向こうでまばたきをすると、蛍のような燐光が周囲に広がった。
その光の向こうに見えるのは、生きてきた中で見た、暖かい景色。何でもない日のパーティーや、あの日のイチゴタルト、幼い日々の他愛ない遊びも見える。けれど今は、ハロウィーンのミラーボールの下の賑わいが一際眩かった。ダンスミュージックの音漏れや楽しげな声がそっと流れ出る。静かな空間ではよく響く。
「綺麗だな」
「うん」
トレイの姿をしていても、トレイではない存在が、リドルを見つめてヴェールの向こうで微笑んだ。リドルは光の中のリドルをじっと見つめている。
「ボクもちゃんといる」
ダンスを踊っている。歓談している。立食している。誰かと笑い合っている。
遠くから眺めているだけではない。確かにみんなと一緒に、楽しんでいた。
「もうこんなに楽しいことは二度とないかもしれないな」
その声は暖かく、優しかった。トレイと同じ形の指が伸びてきて、そっとリドルの手を取った。右手を腰に回して、まるでワルツのように空中で抱き合う。
「なあ、俺と二人で、ずっとここで見ていよう」
そうすればこの光を永遠にできる。トレイと同じ声で囁く。しかしその手は手袋越しでもわかるほど冷たかった。温度も湿度も無い世界で、そこから奪われる体温だけを感じていた。
この囁きを、リドルは知っている。子供の頃、あのイチゴタルトや、トレイとチェーニャとの日々の思い出に浸った時に訪れることがあった。母の教えに従う中で、こんな発想は惰弱だと必死に追いやってきたが、ふとした時に目が合うのだった。
親元を離れて、オーバーブロットを経て、周囲と打ち解けてからは久しく無かった。むしろリドルはそのことに驚いていたので、少しも恐怖は感じていなかった。
「……ボクは昔、もう二度と、とか、永遠に、と言われることが怖かった」
——あんな悪い子たちと、二度と一緒に遊ぶことは許しません。
遠くからただ眺めているうちは、ただ憧れるだけで済んでいた。けれど一度手に入れたものを剥奪されてしまうと、それは狂おしいほどの光になって、背後からリドルを焼いた。
「でもね、ボクの死」
リドルは呼びかけた。
幼い頃のリドルが夢想した死は、救いだった。手を伸ばすことすらできないものにもう焦がれなくてもいいという、永遠の終わりを与えてくれる存在だった。だからそれがトレイの姿を借りて現れたのは、リドルにとって何も不思議なことではなかった。
リドルにとってのトレイとは、どうしてなのかわからないほど優しく、愛しく、隣にある存在なのだから。
「ボクは、ハロウィーンは一夜で終わっていいって、思えるようになったんだよ」
寂しくても、終わりがあるからこそいいのだと、言えるようになった。もう二度と来ないハロウィーンの夜を、愛せるようになった。
「ラギーやオルトと脱出ゲームに行きたい。読んでこなかった本を読みたい」
もっと楽しいことがこれからもあるかもしれない。周囲の友人たちのおかげで、そう思えるようになった。だから、終わりのないハロウィーンに留まらなくてもいい。
「それに、キミの姿を見ていると、後悔ばかりしてしまいそうだ」
死は、変わらずリドルを見つめている。リドルが好きな、トレイの優しい笑みを写し取って。
「トレイをダンスに誘いたかったな」
照れが出てしまって、一緒に踊ることは叶わなかった。すれ違う時、食事しながら他愛のない話をした時、焦がした視線に彼は気づいていただろうか。その映像記憶が、今克明な死の似姿を形作っている。まやかしでも名残惜しく思いながら、リドルはコルセットで強調された胸板を押して、死から離れた。
「ボクが本当に踊りたいのはキミじゃないんだ。トレイと踊るまで、キミと底へは行けないよ」
「そうか、じゃあ仕方ないな」

落下が止まっていく。真っ暗闇の世界に少しずつ光が射して、真昼の教室が重なっていく。スケルトンの仮装とは違う、制服の黒手袋が視界に入る。握りしめたペンの先が、インク溜まりを作っていた。女教師の声が、隣に座っているジェイドを当てる。きっと次はリドルを当てるだろう。おそらく予習の範囲内だが。
夢の中にいた間に聞き逃していた授業が気がかりで、もう希死念慮の夢のことは薄れ始めていた。けれど。

(ボクの死も、生もキミなんだって言ったら、トレイはどんな顔をするだろう。……迷惑だろうね、きっと)

そんな思いだけがじわりと残って、ああ、トレイが好きだ、とリドルは強く自覚した。